Chapter0.6「知る者の夜」


 田村は走っていた。このままではアルバイトに遅刻してしまうため。おまけに今日は途中までで他の人間と交代するつもりでいた。と言うのも、今日は天海駅の駅前広場で久地悠という少女の路上ライブが開かれるという噂をサイトで見たからだ。田村は彼女のファンだった。そのため今日は聞きに行く為にもどうしても交代したいのだ。遅れるとそれが言いにくくなる。それもあって田村は全力で走った。

「お疲れ様っす!」

 アルバイト先のコンビニに辿り着き、自動ドアが開くとカウンターにいる人間が誰かも確認せずにそう叫んだ。

「あ、田村君お疲れさん」

 黒髪よりも白髪が目立つ中年の男がそう答えた。男の左胸には『店長』と書かれている。その店長の隣には1人の少女が立っている。腰まである黒い髪を揺らしながらこちらに首を向けた。着ている服は田村の通う学校の女子の制服と同じ物だった。天海高校の制服である。

「田村君、この子は今日入った子で、神薙さん。君と同じ学校に通っているんだ。」

「…ども、一年生ですけど」

 少女は無愛想に挨拶した。だが何故かそれが似合っていた気がして田村は特に嫌な気はしなかった。

「よろしく、田村な。一年生なら俺のがいっこ上だな」

「神薙です。…じゃぁ店長、先輩今日は帰ります」

 神薙という少女は店長に特に頭を下げる訳でもなく、そのまま店を出て行った。それを見届けると田村は店長に話しかける。

「すんません、店長。今日なんすけど!」

 田村は諸々の事情を店長に話した。

「あぁ、なら代わりの子に電話しておくから。それまでの間だけよろしくね」

「すんません、助かります!」

 柔和な態度の店長に安堵し、田村は着替えをしに更衣室に向かった。交代の人間が来て仕事から解放されたのは、その後丁度1時間後であった。田村は交代したらすぐに店を出て走っていく。もっとも田村は交代などするのではなかった、と後悔することになるのだが。


‐数分後‐

 田村は走っていた。このままでは

‐カラカラカラカラカラカラカラカラ!‐

 このままでは殺されてしまうから。

「な、なんだよアイツ!」

 田村の後ろから追ってくる1人の男。その手には大きな刃物を持っており、それを引きずらせながら走って追ってくる。田村は全力で逃げ続けていた。アレが今世間を騒がしている殺人鬼なのだと容易に察した。だからこそ田村は全力で走っている。

「嘘だろ!?なんで俺が!?」

 理不尽なこの状況に耐えきれずそんな愚痴がこぼれる。

(そ、そうだこの先には天海公園がある!もしかしたら誰か人がいるかも!)

 そうであることに希望を託し、田村は走る速度を上げる。だが足がもつれ、倒れてしまう。後ろからは刃物を持った男がすぐそこまで迫っていた。

「こ、殺される!」

 そう思った瞬間、田村のすぐ隣を一迅の風が通り過ぎた。その風の先は田村には黒い塊にしか見えなかった。それは殺人鬼に向かって飛び込んでいく。当たった衝撃で殺人鬼は吹っ飛ばされる。

「こ、今度はなんだよ!」

 黒い塊は人間だった。顔は暗くて判別出来ない。黒いマントのついた服に身を包み、腰まである黒い長髪が夜風に揺れた。右手には漆黒の剣を持っている。

「…アンタ、早く逃げなよ」

 ソイツは静かにそう言った。吹っ飛んでいた殺人鬼は体を起こし、すぐさま黒いソイツに斬りかかった。2人の間で剣がぶつかり合い、火花が散る。どうもこの黒い人は自分を助けてくれるらしいと田村は判断した。

「さっさと逃げろ!」

 蹴りを放ち、殺人鬼の体勢を崩す。続けざまに相手に向かって剣を振った。その姿を見て田村はまるで特撮ヒーロー番組を間近で見ている気分になった。

「が、頑張れ!」

「頑張ってやるから逃げろって!邪魔なんだよ、そこにいると!」

 剣を両手に持ち直し、相手を勢いに任せて吹き飛ばす。その隙に田村は逃げた。本心では2人の戦いをずっと見ていたいと思っていたが、邪魔になるなら仕方ないと考え逃げた。

(か、かっこいい!)

 などと思いながら。後ろで何度も剣が弾け合う音が聞こえてくるが、きっと黒いほうが優勢なのだろうと勝手に想像していた。走り疲れた田村は通りすがった天海公園に寄り、公園にある噴水の淵に腰掛けた。

「正義の味方っているんだな、本当に」

 田村は携帯電話を取り出して、インターネットに接続する。そして今天海市で起きている殺人事件を話題にしているサイトを片っ端から見つけ、今起きたことを掲示板に載せていった。だがそれに対する反応はどこも冷たいものであった。

「正義の味方だぜ、もっとみんな反応しろよ!」

 田村が次に開いたサイトは、田村がよく覗くサイトだった。そこのサイトでは田村の様な悠のファンが集うサイトだった。そこのサイトでは悠が殺人鬼に襲われないか、と心配しているメッセージが仕切り無しに載っている。中には悠を殺すなら代わりに俺を殺してくれ、などと載せている者もいる。

「へへ、安心しな。俺たちのアイドルはあの黒い人が助けてくれるさ!」

 田村はそのサイトにも載せていく。そこの人間たちの反応は中々良かった。携帯電話を閉じて、立ち上がる。

「でも黒い人じゃ味気ないよな。…剣持ってたし。そうだ!『黒衣の剣士なんか』良くないか!?かっこよくないか!?」

 勝手に興奮し、勝手に決め、田村は1人はしゃぎながら公園を後にした。