Chapter5.2「待ち続ける者」


 耳に当てていた携帯電話を離し、悠は携帯電話を閉じる。悠自身も回数は覚えていないが、何度も同じ番号にかけていた。しかし相手からは何の反応もない。

「…美月、バイトもう終わってるはずなのに」

 携帯電話を握り締め、祈るように胸に当てる。町で続いている猟奇殺人に巻き込まれたのではないか、だから電話に出られないのではないか。不安が悠を包む。正直、彼女にとって誰が死のうが、何人死のうが関係なかった。ただ自分から美月がいなくなることだけは耐えられないと考えていた。幼なじみで、一番の親友で、いつも一緒にいる人。

(お願い神様、私から美月を奪わないで!)

 携帯電話を握る力がどんどん強くなる。もうそれは完全に祈りになっていた。そしてその祈りは天に届くことになる。悠の携帯電話が鳴り響く。鳴っている音は美月に設定していたもので、悠はすぐに携帯電話を開いた。

「美月遅い!…何度も電話したのに!」

「…第一声がそれか」

 一番初めに怒声は悪いとは思ったが、素直に出た言葉がそれなのだから仕方のないことだ。

「…だって、全然返事がないから例の殺人鬼に襲われたのかと思ったから」

「余計な心配だって」

 呆れたような口調で言われ、しまいには溜め息すら漏らしてくる。大した悪態ぶりだが、悠に取ってはそれで構わなかった。美月が無事で安心した。張り詰めていた気が切れて涙すら流れていた。それを美月に知られたら馬鹿にされると思い、美月に気づかれないようになるべく声に表れないように努力した。

「でも、無事で良かった」

「アタシに何かあったらわんわん泣く奴が居るからね。おいそれと死ねないって」

 何もなくても泣いているが、美月の見事な一撃に悠は止まってしまった。

「そう思うなら心配させないように努力しなさい」

「へーへー。…用がそれだけなら切るよ?」

「あー、ちょっと待って!」

 電話が切られそうになり、悠は慌てて制止する。実際には美月の安否が気がかりだった訳で、声が聞けた時点で要件は済んでいる。だが、

(もっと、美月と電話してたいし…)

 と思ったため、このまま電話を終えてしまうことを拒否していた。話題を探すために頭に思考を巡らせ、視界は部屋を巡る。

「おーい、悠?」

 視線が自分の部屋に置いてある愛用の青いギターに止まる。

「美月、バイト次いつ休み?」

「え?確か来週の金曜日…」

「じゃあさ、その日天海駅の駅前広場に唄いに行くから聞きに来てよ!」

 電話の先で美月が沈黙する。その沈黙が怖く、悠は無理矢理話題を振ったことに後悔した。数分の沈黙の後、美月が口を開く。

「…『in the sky』唄うなら行く」

 凄く小さな声で言う美月。美月の言う『in the sky』という曲は悠が生まれて初めて悠自身が考えて作った曲だ。悠は必ずライブの一番初めに唄う曲で、かつ一番多く唄ってきた曲だ。音楽ソフトを使って着メロにして美月に渡したこともあった。悠にとって一番思い入れのある曲だ。

「唄う!何十回でも何百回でも唄う!夜通しで唄う!」

「ばか、唄いすぎ。流石にそんなに聞くと飽きるよ」

 電話の先で鍵の開く音と、扉が開く音が続けざまに聞こえる。間を置かずに扉が閉まる音が響く。

「あ、もしかして今家に着いたの?」

「うん。…疲れたから寝たいんだけど」

 次に聞こえてきた音は美月のあくびだった。

「じゃあ、電話切るね。…来週の金曜日、絶対聞きに来てよ?」

「了解。…じゃ、お休み」

「うん。お休みなさい。あと、お疲れ様」

「…本当に疲れたよ」

 そう言い残し、美月の方から電話を切った。最後の一言は自分に対する皮肉なのか、本当に疲れたのか、悠には判断出来なかった。どちらにせよ美月が無事ならそれで良かったと感じ、笑みをこぼす。

「本当に無事で良かった…」

 携帯電話の待ち受け画面には悠と美月のツーショット写真が表示されている。満面の笑顔で年相応の少女の表情をしている悠。それとは逆に美月の笑顔は苦笑いのような、呆れているような、どこかぎこちのない笑顔だった。だがこんな笑顔でもまた見ることが出来る。それも本人から。それが確認出来ただけで悠は安堵した。

「美月疲れてたみたいだけど、明日起きれるかな?…心配だし、起こしに行こうかな?」

 携帯電話を握ったまま悠はベッドの中に入る。もう一度携帯電話の画面を眺める。時刻は1時になろうとしていた。もしかしたら美月との電話の最中に、誰かが殺人鬼に殺されていたのかもしれない。だが、悠にはそれがどうでもよく思えていた。何故なら

「美月が無事だったんだし」

 だった。

「やっぱり明日起こしに行こ」

 そして思い切り早く起こしに行って困らせてやろう。自分を沢山心配させたのだから、それ位の罰は受けてもらおう。…と静かに誓った。

「お休み、美月…」

 携帯電話を閉じ、瞼も閉じ、悠は眠りについた。