Chapter3.0「ひと時の合間」
美月は寝ていた。バイトの休憩時間、スタッフルームで仮眠を取っていた美月。時計を見ると休憩時間が終わる丁度良い頃合いだった。タイムカードを切ると、売り場に戻った。
「お、その顔は寝てたな」
カウンターに行くと、美月より年上の男性店員が立っていた。
「そんな顔してます?えっと…」
男性店員の左胸についている名札を見る美月。男性店員は美月の視線を追い、大げさに溜め息をついた。
「いい加減覚えろよ。田村だよ」
「あぁ、すみません。先輩」
美月は顔と名前を覚えるのが苦手だった。嫌いといっても良い。だから、美月はバイト先で相手を呼ぶ時はもっぱら『先輩』だ。
「その調子だと、俺がお前と同じ学校だってことも忘れてるだろ。いっこ上の学年だけど」
「…多分、初耳です」
「お前の初出勤の時に言ったよ」
とりあえず思い出す努力はするが、覚えていなかった。相手がそう言うのならば、そうなのだろうが。どちらにせよ美月に興味はなかった。
「ま、いいけどな」
田村の言葉に安堵すらしている。これ位の人間関係で丁度いい。美月はこと人間関係に関してはその位を保っていた。それが一番、居心地が良いと感じているから。
時刻は10時。あと2時間もすれば深夜が当番のバイトが交代で来る。それまで美月は田村と2人きりだ。更にこの時間帯は人も少なく、暇な時間が続く。
「なんか、夢でも見た?」
「…見たけど、忘れました」
気さくに話しかけてきた田村だが、美月はそっけなく返した。田村は気にせず、
「だよな、夢って忘れるよな」
…と、笑って返してきた。
しばらく沈黙が続いた。だが何もしていない時間ほど退屈で時間の流れが遅く感じるものだ。美月は暇つぶしに、今日下校時に悠から聞いた話を田村にぶつけてみた。
「先輩、『黒衣の剣士』って知ってますか?今日友達に聞いたんですが」
「そりゃ知ってるよ。今、ネットじゃ有名だし」
「先輩はどう思っています?本当だと思いますか?」
その問いかけに田村は何故かにんまりと大きな笑顔を作る。その感情表現に一瞬美月は硬直してしまった。悪寒で。
「いやー、神薙!実はここだけの話だけどな」
「なら結構です、ここ以外でして下さい」
馴れ馴れしく肩を何度も叩く田村。体を触られるのは嫌ではあったが、美月にとってはそれ以上に、田村の今の表情の方が嫌悪を感じさせた。
「遠慮するな、いいから聞け」
失敗したな、と後悔した美月だった。表情や態度から察するに多分、見たことあるといった類の、嘘か真事かも分からない自慢話を延々と聞かされるのだろうな、と覚悟した。
「実はな、俺」
前口上が美月の予想通りで、軽く頭痛を感じた。だが、その後の言葉は美月の想像していたものと少し違っていた。
「『黒衣の剣士』に助けてもらったことあるんだよ!」
「…………は?」
むしろ予想以上のものだった。そのせいで美月の反応が一瞬遅れた。
「…先輩、休憩もう1回行ってきていいですよ。休んでください」
皮肉にしか聞こえないが、美月は至って大真面目だった。何を寝言を言っているのだ、と。
「いや、寝ぼけてないって。マジだよ、マジ!」
溜め息をつくしかなかった。だが、気にせず田村は話を続ける。興奮した表情と真っ直ぐな眼差しからとりあえず本気なのだと窺える。仕方なく美月は真面目に聞くことにした。
「神薙が初出勤だった日覚えてるか?あの日、俺深夜番立ったんだけどさ」
先ほどもそうであったが、そんな昔のことは覚えてないし、興味もなかった。カウンターの下にはシフト表が貼ってあり、それをチラ見し、その日を確認した。田村の言うとおりであった。
「ただその日ちょっと都合悪くてさ、途中まで出て他の奴に交代してもらったんだよ。で、その帰り道にさ。剣を持ったヤツに襲われてさ」
「…その剣を持った人って」
「多分、今ニュースでしてる連続殺人の犯人だと思うぜ」
話は読めた。もし連続殺人犯に襲われていながら、今こうして生きて顔を合わせているということは、
「その時『黒衣の剣士が』現れてさ、そいつと戦い始めたんだよ!…怖くて俺は逃げちゃったけどな」
…と、いうことなのだろう。
「正義の味方って本当にいるんだって思ったよ!きっと、そのうち『黒衣の剣士』が連続殺人犯を倒してくれるさ」
「…だと良いですね」
田村がどこまで本気かは分からないし、そもそも本当の話かも分からないが、水を差すのも悪いと感じ、美月は特に何も言わないことにした。その後も『黒衣の剣士』について熱弁していた田村だが、以降は美月はその大半を聞き流していた。
「…早く交代来ないかな」
とか呟きながら。
その後、田村の話から美月が解放されたのは、深夜番のバイトが来た12時きっかりだった。
美月は寝ていた。バイトの休憩時間、スタッフルームで仮眠を取っていた美月。時計を見ると休憩時間が終わる丁度良い頃合いだった。タイムカードを切ると、売り場に戻った。
「お、その顔は寝てたな」
カウンターに行くと、美月より年上の男性店員が立っていた。
「そんな顔してます?えっと…」
男性店員の左胸についている名札を見る美月。男性店員は美月の視線を追い、大げさに溜め息をついた。
「いい加減覚えろよ。田村だよ」
「あぁ、すみません。先輩」
美月は顔と名前を覚えるのが苦手だった。嫌いといっても良い。だから、美月はバイト先で相手を呼ぶ時はもっぱら『先輩』だ。
「その調子だと、俺がお前と同じ学校だってことも忘れてるだろ。いっこ上の学年だけど」
「…多分、初耳です」
「お前の初出勤の時に言ったよ」
とりあえず思い出す努力はするが、覚えていなかった。相手がそう言うのならば、そうなのだろうが。どちらにせよ美月に興味はなかった。
「ま、いいけどな」
田村の言葉に安堵すらしている。これ位の人間関係で丁度いい。美月はこと人間関係に関してはその位を保っていた。それが一番、居心地が良いと感じているから。
時刻は10時。あと2時間もすれば深夜が当番のバイトが交代で来る。それまで美月は田村と2人きりだ。更にこの時間帯は人も少なく、暇な時間が続く。
「なんか、夢でも見た?」
「…見たけど、忘れました」
気さくに話しかけてきた田村だが、美月はそっけなく返した。田村は気にせず、
「だよな、夢って忘れるよな」
…と、笑って返してきた。
しばらく沈黙が続いた。だが何もしていない時間ほど退屈で時間の流れが遅く感じるものだ。美月は暇つぶしに、今日下校時に悠から聞いた話を田村にぶつけてみた。
「先輩、『黒衣の剣士』って知ってますか?今日友達に聞いたんですが」
「そりゃ知ってるよ。今、ネットじゃ有名だし」
「先輩はどう思っています?本当だと思いますか?」
その問いかけに田村は何故かにんまりと大きな笑顔を作る。その感情表現に一瞬美月は硬直してしまった。悪寒で。
「いやー、神薙!実はここだけの話だけどな」
「なら結構です、ここ以外でして下さい」
馴れ馴れしく肩を何度も叩く田村。体を触られるのは嫌ではあったが、美月にとってはそれ以上に、田村の今の表情の方が嫌悪を感じさせた。
「遠慮するな、いいから聞け」
失敗したな、と後悔した美月だった。表情や態度から察するに多分、見たことあるといった類の、嘘か真事かも分からない自慢話を延々と聞かされるのだろうな、と覚悟した。
「実はな、俺」
前口上が美月の予想通りで、軽く頭痛を感じた。だが、その後の言葉は美月の想像していたものと少し違っていた。
「『黒衣の剣士』に助けてもらったことあるんだよ!」
「…………は?」
むしろ予想以上のものだった。そのせいで美月の反応が一瞬遅れた。
「…先輩、休憩もう1回行ってきていいですよ。休んでください」
皮肉にしか聞こえないが、美月は至って大真面目だった。何を寝言を言っているのだ、と。
「いや、寝ぼけてないって。マジだよ、マジ!」
溜め息をつくしかなかった。だが、気にせず田村は話を続ける。興奮した表情と真っ直ぐな眼差しからとりあえず本気なのだと窺える。仕方なく美月は真面目に聞くことにした。
「神薙が初出勤だった日覚えてるか?あの日、俺深夜番立ったんだけどさ」
先ほどもそうであったが、そんな昔のことは覚えてないし、興味もなかった。カウンターの下にはシフト表が貼ってあり、それをチラ見し、その日を確認した。田村の言うとおりであった。
「ただその日ちょっと都合悪くてさ、途中まで出て他の奴に交代してもらったんだよ。で、その帰り道にさ。剣を持ったヤツに襲われてさ」
「…その剣を持った人って」
「多分、今ニュースでしてる連続殺人の犯人だと思うぜ」
話は読めた。もし連続殺人犯に襲われていながら、今こうして生きて顔を合わせているということは、
「その時『黒衣の剣士が』現れてさ、そいつと戦い始めたんだよ!…怖くて俺は逃げちゃったけどな」
…と、いうことなのだろう。
「正義の味方って本当にいるんだって思ったよ!きっと、そのうち『黒衣の剣士』が連続殺人犯を倒してくれるさ」
「…だと良いですね」
田村がどこまで本気かは分からないし、そもそも本当の話かも分からないが、水を差すのも悪いと感じ、美月は特に何も言わないことにした。その後も『黒衣の剣士』について熱弁していた田村だが、以降は美月はその大半を聞き流していた。
「…早く交代来ないかな」
とか呟きながら。
その後、田村の話から美月が解放されたのは、深夜番のバイトが来た12時きっかりだった。