フィリッピン、レイテ島にある、日本の円借款で建設された小学校の壁に描かれていた日の丸と顕彰文が、昨年11月に現地に台風災害復興に入った韓国軍によって、韓国旗と韓国との関係を示す文章に書き換えられていたという。語るに落ちるとは正にこのことで、非難するのも、こちらが穢れるとはばかられる。悲しい隣国という他はない。
イ・ミョンバク大統領の政権末期以来、竹島問題から慰安婦問題に至るまで、情けないほどの遠吠え振りである。弱い犬ほどよく吠える、の例えは、この間の韓国を表すにぴったりである。韓国は、それより遥か以前から、対日本となると、スポーツにおいても異常なほどの対抗心を見せていたが、対抗心であるうちは無害であった。しかし、近年の暴走振りは異常というほかはない。
この背景にあるのは、隣国としての妬みであろう。敗戦国である隣国の日本が戦後、いち早く高度成長を遂げ、一時は ”Japan as No.1” とまで称されたことへの、長年にわたり心の奥底に染み込んだ妬み、そねみである。であるからこそ、ロジックで考える我々の理解を超えているのである。感情論にロジックで対抗するのは、はなから無駄なことであり、怒ってみても詮無いことであろう。まさに『悲しい隣国』と憐憫の眼で見るしかあるまい。
とは言え、世界に向けて日本を貶める活動を活発化させていることに対しては、正々堂々と日本政府が事実関係を情報発信していく事が肝要である。日本に対する妬みや悪意を持たない国々は、ロジックで理解してくれる筈である。極東という、西欧社会からは遠い世界で、しかも英語圏ではなく、情報に接する機会が少ないことにより、間違ったプロパガンダが通ってしまう素地があることことを銘記すべきである。この点、安倍首相が就任以来、精力的に多くの国を訪問し、スピーチ等で情報発信していることは大いに評価できる。極東に向ける眼を多くすることで、韓国、中国という悲しい隣国の異端ぶりが、世界にも見えてくるであろう。
それにしても、こんな隣国を煽ってきた、朝日新聞や一部の左翼人、市民運動化、弁護士たちの罪は大きい。報道・思想の自由を制約することはできないが、これらの、いわば非国民たちをはびこらせないためには、国民個々人の意識向上しかない。『優しい日本人』は世界にも誇れる美徳であり、なくしてはいけないものであるが、相手が悪意を持っている場合には、こんなくみし易い相手はいないという反面を自覚しなければならない。