#54 | アニメ、漫画、ゲーム、千葉ロッテマリーンズ、その他諸々と俺!

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おはようございます、Schwarzです。m(_ _ )mペコ



今日はマリーンズのことについて書こうと思います。で、しばらくの間マリーンズネタとしては、私の胸に残る懐かしの名選手たちについて書こうかと思っています。


今回は、この選手のことを。







先代の背番号54、黒木知宏ことジョニーです。



マリーンズと私(2)でも紹介していますが、彼に魅せられたことがマリーンズのファンになるきっかけだったので、やはり最初は彼について書かせてもらおうかと思います。



今でこそちょくちょく優勝争いやAクラスにも顔を出すようになったマリーンズですが、90年代や2000年代前半はBクラス常連の弱小チームでした。



そんな暗黒の時代にエースとして君臨したのがジョニーです。チームのために投げて、投げて、投げ続けた結果、投手としての生命を縮め、チームが強くなっていくのとほぼ同時に表舞台から姿を消したのはなんとも皮肉としか言いようがありません。



彼の投球スタイルは、気持ちを前面に押し出していくものでした。決して球が速いわけでも、ズバ抜けた変化球があるわけではないのですが、気持ちを前面に押し出しt向かっていくその姿に、マリーンズのファンだけではなく多くの野球ファンが魅せられたことだと思います。



同級生ということもあるのでしょうが、イチローも、「球に気持ちが入っている」・「一番タフな対戦相手」とその実力を認めていました。



公式のファンブックに『炎のエース』と書かれていたこともありましたが、こういう彼の姿勢とあながち無関係ではないと思います。



もう一つ、彼の有名なエピソードを紹介すると、背番号54のことがあります。



54というのはなかなかに大きな数字で、プロ野球が好きな方ならわかるかと思いますが、主戦級の投手が付ける番号では普通ありません。主戦級は10番代・20番代を付けるのが普通で、54はいかにも大きすぎる数字でした。



しかし彼は入団から引退に至るまで一貫して54を背負い続けました。背番号変更の打診はあったにもかかわらず…です。そこには、彼の前任の背番号54とのあるエピソードがありました。



黒木の前に背番号54をつけていたのは石田雅彦という投手です。現在も打撃投手としてマリーンズの屋台骨を支えている人物です。



彼は1985年にドラフト1位で入団したものの芽が出ず、一軍での登板は僅か二試合しかなかった不遇の投手でした。一軍の試合に一度も出られずに球界を去っていく選手も少なくはないのでその点では良かったかもしれませんが、悔しい現役時代だったと思います。



その石田が、入団してきて自分の背番号を背負うようになった黒木に言った言葉が、『お前の為に54番を温めておいたよ。だからきっと活躍できるよ』というものでした。



この言葉に感激した黒木が石田に恩義を感じたために、彼は背番号変更の打診が球団からあっても断って最後まで54を付けた…そういうエピソードです。゚(゚´Д`゚)゚イイハナシダナー



きっと彼は前任者の石田の分もマウンドで投げていたのだろう…私は勝手にそう思っています。



そういう男ですからファンからの人気は高く、現役の選手たちの中にも彼を慕うものはたくさんいます。今は解説者の立場ですが、いずれ外で勉強したものをフルに活用してマリーンズの首脳陣として戻ってきてくれることを切に望んでいます(。-人-。)ナムナム



では、今回はこの辺で。m(_ _ )m





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