広島県福山市で、「家族関係」や「人間関係」で悩んでいる方々のカウンセリングと、子供たちの学習支援をしている『たあさん』です。(http://kazoku-to-kyouiku.com)

 

 

 新しい年を迎えて1か月余りが経ちました。日々の生活に時間を取られ、なかなかブログを書く時間がとれずにいました。(言い訳ですが…)

 今年最初に書くことにしたのは、学校教育についてです。

 

 学校が危ない。最近、強くそう思うようになっています。

 昔から(特に高度経済成長期以後)、小学生から高校生まで、多くの子供たちが1日の大半の時間を学校で過ごしています。

学校では、分刻みでスケジュールが組まれ、子供たちの意思や状態とは無関係に、するべき事が次々と与えられます。おまけに宿題も出され、自宅に帰ってからも学校からの束縛が続きます。

 

 本来は遊びを通して様々なことを学び、精神的にも肉体的にも成長していく時期に、周囲(学校や親など)からの要求に応え続けなくてはなりません。

 遊びを通して学ぶこととは、友人と一緒に楽しむこと、人間関係で揉(も)めた時の解決法、自分の感情のコントロール、自分の要求が通らない場合にそれを相手に伝えて理解を得る方法、他者と自分との違いを認めた上で共に生活していくためのスキル、等々です。こういったことを子ども時代に学んでおかないと、社会に出た時にとても苦労することになるでしょう。

 私自身こういったことをあまり学ばずに大人になったという自覚があり、大変苦労した経験があります。

 

 

 そもそも、学校は何のために作られたのでしょうか。ちょっと調べてみました。

 ご存知のように、江戸時代までは各地方の藩校や寺子屋などで『読み・書き・そろばん』『儒教』などが教えられていました。

 そして明治維新後、欧米の技術力に追い付くために、「富国強兵」「殖産興業」を目的として「学制」が発布されました。1872年(明治5年)のことです。これは日本最初の近代的学校制度を定めた法令でした。

 しかしそれは、明治政府が全国を統一して、地方の違いを超えて同じ内容の教育を実施しようとしたもので、当時はまだ地方の実情に合いませんでした。

 

 そこで1879年(明治12年)に、各地方の特色を生かした形で、教育の権限を大幅に地方に委ねた「教育令」が公布されました。

 その後、教育令に代わって、1886年(明治19年)に「学校令」(帝国大学令・師範学校令・小学校令・中学校令・諸学校通則)が公布され、行政主導の学校制度が定着していきました。

 森友学園問題で話題になった「教育勅語」も、この時代(1890年・明治23年)に発布されています。学校令は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に「学校教育法」が公布されるまで続きました。

 これら戦前の法規は「(天皇からの)勅令」(実際には行政命令)という形をとっていたため、国の状況に応じて度々改変され、軍事教育なども実施されるようになっていきました。そして第二次世界大戦に突入し、学校も協力していくことになります。

 

 その反省のもとに、戦後の1947年(昭和22年)に作られたのが「教育基本法」および「学校教育法」です。また、具体的な教育内容や教科内容については「学習指導要領」が文部省(現・文部科学省)により作成、告示されています。

 この学習指導要領は法律ではないのですが、「学校教育法施行規則」に基づいて定められたもので、各学校(小学校・中学校・高等学校・特別支援学校)での学習内容や学習の目的などについて提示してあり、学校教育の基準とされています。

 このうち学校教育法と学習指導要領は、時代や社会の変化に応じて度々改変されてきました。特に高度経済成長期・東西冷戦時代には科学技術の振興が図られ、1971年(昭和46年)の改定では理科や数学を中心に学習内容が大幅に増やされました。

 

 

 その後、その内容の多さについて行けない生徒たちが「落ちこぼれ」と呼ばれたり、児童・生徒間の「いじめ」や「不登校」が増加していくことになります。また「校内暴力」と呼ばれた対教師暴力も増加していきました。

 そこで、文部大臣(現・文部科学大臣)の諮問機関として設置された「中央教育審議会」での審議の結果、教科内容を減らすことになり、いわゆる「ゆとり教育」の時代に入っていきます。

 それまで土曜日は午前中授業だったのを、1992年(平成4年)から月1回(第2土曜日)を休みにし、1995年(平成7年)からは月2回(第2・第4土曜日)を休みにしました。そして、2002年(平成14年)からは毎週土日休みの完全学校5日制が導入されました。

 

 一方で、「生きる力」を育むために「総合的な学習の時間」が設けられたリ、コンピューターの普及に伴って高校では「情報」が科目として新設されたり、女性の社会参加など男女差をなくする動きが広がっていく中で「家庭科」の授業時間数が増やされたりしました。そしてその分、「数学」や「英語」などの時間数がかなり減らされることになりました。

 しかし私立の学校では、多くがこれらの改定に全面的には従わず、土曜日の授業の継続や授業時間数を増やすなどの対策をとったため、私立と公立との学力の格差が生じることにもなりました。

 

 その後、経済協力開発機構(OECD)が2000年(平成12年)から3年毎に実施している学習到達度調査(PISA)の国際比較で、日本の学生の学力低下が問題とされ、脱ゆとり教育が叫ばれるようになりました。それが、現在の学校の状況とつながっています。

 

 今日はここまでにして、また近い内に続きを書きます。

 読んでいただき、ありがとうございました!