中国新聞のコラム、3回目です。
「心理学と私⑤」 : 2014年(平成26年)9月30日付・中国新聞「文化面」
親から愛されていないと感じて、生きるのが苦しかった思春期。私を支えてくれたのは本と音楽と自然、そして人だった。
本は聖書との出合いが大きかった。他には武者小路実篤、下村胡人、ドストエフスキーなどの小説が心を潤してくれた。音楽では中高生時代(1970年代)に聴いた洋楽やフォークソング、クラシックなどが生きるエネルギーを与えてくれた。山登りも好きで、白山・奥穂高岳など各地の名峰に登頂した。自然に浸りきることで、心の底からリフレッシュできた。
そして多くの人に導かれた。最も大きな出会いは、大学のころ知り合った亀井光子さんというクリスチャンの女性。重度の身体障害者で、ほぼ寝たきりだった。それでも医学を学び、音楽や文学を楽しみ、苦しむ他者のために祈っていた。私の話にも真剣に耳を傾け、祈りのリストに私を加えてくれた。私は彼女の影響を受けて聖書を学び、21歳で洗礼を受けた。初めて生きていることを肯定することができた。
だがその後も、自分の気持ちや性格など「内面」を理解されないつらさが付きまとう。27歳で高校教師になってから、本気で心理学を学び始めた。学ぶほどに人の心の深さと複雑さへの興味は増し、自己理解も深まっていった。医学博士の斎藤学先生との出会いもあった。
そして、人から理解されることを願うより、人を理解することを目標にしようと決めた私は、教師を辞めてカウンセラーとして生きる道を選んだ。振り返ると、これまでの経験や出会った人たちが全て、今の私の糧になっている。
「心理学と私⑥」 : 2014年(平成26年)10月1日付・中国新聞「文化面」
高校の教員時代、「困難」を抱えて生きる多くの子どもたちに出会った。母子家庭で経済的に苦しかったり、親が忙しく夜も一人きりだったり。親が厳し過ぎるか過干渉かで言う通りにしないと許されない家庭で育ち、思春期に反動で非行に走ったり…。それぞれの生徒、そして親も大きな問題に直面していた。
最初の赴任校では、教師たちがほぼ毎日、生徒宅を訪問していた。私も個人的に関わっていく中で、個々が抱える問題の複雑な背景や、子どもたちの寂しさ、悲しみ、怒りなどが伝わってきた。
熱心な教師たちは「生徒一人一人を大切に」「生徒と共に闘おう」などと声高に語っていた。ただ彼らの多くは比較的恵まれた環境で育ち、順調に高等教育を受けてきたのではないのか―。上から目線の建前のような宣言に、違和感を覚えた。私は自分自身が思春期に傷ついていたせいか、生徒の気持ちが見えていないような対応に強いストレスを感じた。
勉強やスポーツに打ち込める環境で育っていない生徒たちは、何かをやり遂げたとか大人から認められた経験がほとんどなく、何をするにも意欲が湧かないようだった。彼らに必要なものは、何らかの成功体験をし、達成感や自己肯定感を持つことではないか。最も必要なのは忠告や教訓ではなく、無条件の愛情だと思った。
そして私は、心理学やカウンセリングを学ばなければならないと強く感じた。米国の心理療法家カール・ロジャーズが語った「人間の成長に必要なのは〝無条件の肯定的関心″である」という言葉は、心の琴線に触れた。