中国新聞に載ったコラムの2回目です。


   「心理学と私③」 : 2014年(平成26年)9月26日付・中国新聞「文化面」


 私が育った中国山地の麓は、人の出入りが少なく、古来の文化が色濃く残る地域だ。両親を含め近所の人々は、いつも誰かのうわさ話をし、狭い世間の常識を外れないよう互いに監視し合うような雰囲気があった。住民にとって、世間体や他者からの評価が行動規範だった。
 それは犯罪を防いだり、人への気遣いを促したり、つらい時にも相手を不快にしないように笑顔を作ったりする作用をもたらしていたのだろう。私もそんな価値観の影響を受け、人からどう思われるかを非常に気にする子どもだった。
 米国の文化人類学者ルーズ・ベネディクトは、日本文化論「菊と刀」(1946年)に、日本は「恥の文化」であると記した。恥の文化では他人からの評価が重要で、人と自分を比べて行動を決定する場合が多く、自己評価が低くなりがちだ。昨年末に、内閣府が行った世界7カ国の若者への調査でも、「自分自身に満足している」と答えた日本人の割合は他国に比べ極端に低かった。
 また土居健郎著「甘えの構造」(1971年)には、日本社会を理解するキーワードは「甘え」とある。人に好かれ、依存したいと望む甘え。それは子が親に求めるような感情で、あらゆる人間関係の基軸になるという。現在ではこれを「絆」と呼ぶのかもしれない。
 自己評価の低さ、人から好かれたい願望―。そうした性質が、多くの日本人に「恥をかきたくない」という気持ちを抱かせるのだろう。それは同時に、人前で立派に振る舞おうとする自意識と、外では本音が言えない内向性を作り上げているように思う。



   「心理学と私④」 : 2014年(平成26年)9月27日付・中国新聞「文化面」


 子ども時代に親から虐待を受けたり、災害や事故などで突然親を失ったりした経験をすると、後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状が表れることがある。悪夢を見たり、突然生々しい恐怖感に襲われたり、自分の感情が自分で分からなくなったり―。
 私の場合、親から愛されたいと願いながら親が信じられなくなっていたから、好きと嫌いを同時に感じるようなアンビバレントな感情によく陥った。思春期は自分が無価値に感じられ、人と親しくなりたいと思うほど不安になり、無意識にその人を避けてしまうこともあった。対人恐怖の症状も出てきて、人に会うととても疲れた。そして、そんな自分が大嫌いだった。
 PTSDという名称は、米国でベトナム戦争帰還兵の治療過程で作られた診断名だ。虐待など心身の安全を脅かすような状況は、戦場という生と死が隣り合わせの過酷な環境と似ている。いじめや犯罪被害なども同様である。
 そのような命を脅かすようなトラウマ体験と子ども時代の被虐待経験とを関連付けて説明しているのが、医学博士、斎藤学氏の「アダルト・チルドレンと家族」(1996年)だ。40歳で、私はこの本に出合った。
 この本で、私は見ないようにしていた心の奥の傷を直視できるようになり、内面を人に話してみようと思った。親子関係で傷付いた人たちが集い、語り合う「自助グループ」に参加した。尾道市と広島市にあり、両方に足を運んだ。封印していた気持ちを初めて語り、涙が流れた。人前で泣いたのは、小学6年の時以来だった。