勉強のうわすべり現象(2002年4月29日家庭教師田口の視点2ページ目) | febmarのブログ

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 小論文もそうですが、物理や数?などは、わからない子にとっては、まるで鉄の壁みたいに手ごわい相手のようです。これが難なく、スースーッとわかってしまう人は、よほどの天才でしょう、あるいは、それを教えられている先生がよほど説明の上手な人なのでしょう。中でも、物理は、理系の子の多くを悩ませ続けてきた最右翼といえると思います。よく、根性がない、といって子供を批判する親御さんがいらっしゃいますが、少なくとも、この科目に関しては、この根性論は、成り立たないような気がします。
 このような科目は、何よりも、誰かがわからせてあげる、という作業を、並行して行わなければなりません。むしろ私に言わせれば、理系の科目は、覚える部分(つまり、私がかかわれることのしにくい部分。覚えやすくしてあげる、という手助けはできますが、やはり、覚えるという作業自身は、本人の努力によるところが大きいと思います)が少ない分だけ、成績を比較的上げやすいといえると思います。
 しかし、それでも伸びない、あるいは、一般的に、どの科目も伸びないという子がいるとしたら、それは別の原因を探さなくてはいけません。端的にいえば、彼らは、勉強していないのです。よく、うちの子は、頭が悪いのかしら、と悩まれるお母さん方、あるいは、自分は頭が悪いのかと悩む子に出会ったりしていますが、彼らの勉強の仕方をつぶさに観察すれば、彼らが、いかに勉強したふりをして、自分や周囲を欺いてきたかがわかると思います。もっとも、欺こうとして欺いているのではないのでは、と思えるふしもあり、彼らを一方的に非難できないのでは、と思ったりもしているのですが、、、。むしろ、周りの人間が、その子の実態を、冷静、かつ細やかに、そして、できたら早い時期に、見てあげる必要があるのだと思います。そういうことをされないで、自分の子供の頭の悪さを指摘して妙に納得してしまっている親御さんも、結構多いです。私の前で、バリバリと問題を解くご自分の子を見て、自分の子かと疑ったお母さんもいらっしゃいました。
 最初からやる気のない子は、正直、すぐにやる気にするのは難しいです。私も親御さんも相応の努力を必要とします。ですが、そうでない子の場合、勉強のスタイルとでも言うものを、変えれば、驚くほどの飛躍を期待できる場合があります。
 要領の悪そうな勉強をする子が伸びて、逆に、要領のよさそうな勉強をする子は伸びないといったら、信じていただけるでしょうか。別に、どこかの週刊誌のように、センセーショナルに書き立てようなんてつもりではありません。ただ、今の実感なのです。私が教えてきて、思うのですが、馬鹿みたいに、与えられた問題をすべてやる、という子は大体伸びます(逆に、これはもうわかるからいい、とか、これは難しいしあとまわしにしよう、とか何か小理屈をこねて問題数を減らそうとする子はあまり伸びません)。で、それでも伸びないとしたら、その子は、どこかで、手を抜いているのです。答えあわせを、きちんとしなかった子がいます。答えあわせをしたのですが、よく見ると、本人が解いたものは、それが、あっているか、間違っているかにかかわりなく、丸を付けまくっていた子がいます。答えを丸写しして、やったふりを、「してしまった」子がいます。もしお宅のお子さんが、この可能性があるとしたら、この点を、つぶさにチェックして見られたらと思います。まじめそうで伸びない子には、まず疑われる「症状」です。ちなみに、この欠点は、一度指摘したからといってすぐに直らないかもしれない、むしろその方が多いということも覚えておく必要があると思います。
 よくご自分のお子さんに、要領よく勉強しなさい、とかいってみたり、うちの子は、要領が悪いのかしら、とつぶやいたりするお母さん方を見かけますが、とても危険な感じがします。要領よくというのを勘違いして、とにかく先へ先へ、と進む子が多いように思からです。こういうのを、勉強のうわすべり現象、と私は呼んでいます。私などは、自分が小さいころ、馬鹿だったし、今までずっと馬鹿だと思ってたから、本当にバカっていねいに学校の授業を復習してました。自分は馬鹿だから、こういう勉強しかできない、と思い、わからない英単語があれば、それが、テストに出るかでないかなど気にすることもなく、今に至るまで、忘れずに残っている、というほど、徹底して覚えた記憶がありました。自分は馬鹿だからこんなことをしているけど、きっと本当に賢い子って、どんな勉強をしてるんだろう、だいたいそういう子って、どういう子なんだろうって、よく思ったものでした。自分がそういう子を教えてみて、思うのは、彼らが、愚直なほど一つ一つを丁寧に仕上げていっているということでした。ただ、それが異様に速い、というだけで、私の勉強スタイルとそんなに変わらないということを発見して、変に安心したものでした。速いというのは、計算の速さもさることながら、理解の速さが速い(厳密にいうと、正しい勉強法によって速くなった)ということです。正直、計算の速さなんて、学年があがるうちに、比重が落ちてくるので、あまり神経質になる必要はないように思います。じゃあその理解力は、どういうところから醸成されたかというと、小さいころから、ものをよく考える癖があったらしいということです。
 私は小学校のとき、怠けていたせいで、計算が遅いです。でも、中学生から、本気で勉強したので、単純計算以外では、彼らに教えることができるまでの能力が形成されました。自分でこのことにとても興味があるのです。やはり、小学生のときにきちんと勉強してこなかった付けは、そのまま私に降りかかってきているのだなって。でも自分が馬鹿だからというのではなく、あくまで、勉強不足が原因なんだろうって。自分の中には、どうも、できの悪い自分と、比較的できのいい自分が同居してるみたいです。
 そこから類推できることは、どんな子も、もともとおろかに生まれてきた、ということはないのではないか、ということです。誰でも自転車が乗れるように、誰もが、日本語を話せるように、、、。ただし、あとから追いかける人間は、私がそうだったように多少のハンディーを背負うことになりますが、、、。前のどこか(3月14日をご参照ください)で書きましたが、右利きの子の、左手が、右手に追いつく苦労をイメージしていただければ、わかりやすいかと思います。大変ですが、決して不可能ではありません。