家庭教師というのは、普通の教師と、決定的に違うところがある。それは、教える子のお宅にまで足を運ぶということである。当たり前のことだといわれるかもしれないが、これは、重要なことであると思う。いわばご家庭のご両親がどんな考えをして子供さんと接しているかなどが、つぶさに(少なくとも、ほかの教師に比べれば)理解できるからである。そこから、私は、子供を変えていく以上にご両親に変わってもらう必要を感じることもしばしばだった。
あるとき、兄弟の一方を、どうも出来が悪い、といって困ってられるお母さんがいらっしゃったので、もともと、頭が悪いのではなく、もしかしたら、お母さんがそういう子にしてしまった、あるいは、そういう子になるのを未然に防げなかったのでは、と思って、次のようなたとえ話をしてさしあげた。
同じ人間に、右手と左手がありますね。普通右手が器用な人が多いですけど、そうでない人も、いっぱいいます。自分にも子供がいるからわかるのですが、生まれたばかりは、どちらの手も、とても不器用です。ある人の右手が器用になってしまうのは、その人が、そちらの手ばっかり使っているからで、左手が不器用になってしまうのは、その逆だからでしょう。
賢明な方だったら、このたとえは、すぐ理解していただけると思う。
人間にも同じことが言えるわけで、頭を使うことが少なかった子が、結果として頭が悪く見える、ということになったのではないかと思う。
その子の場合、競争心のまったくない子だった。これは、彼を、いろんな意味で弱い子にしてしまっている原因のひとつだと思う。私は、いくつか手を打った。その結果、彼は、昔ののんべんだらりとした感じは、どこへやら、ずいぶん集中して勉強できるようになった。頭は少しずつだが、よくなっているように感じられる。
そう、頭は少しずつよくなっていくものだと思う。長い時間をかけて。それは、ちょうど、左手が、すぐに右手にとって変われないのと同様である。