壇上に並ぶ転校生たちが先生の合図でお行儀よくお辞儀をする。ぼくは体育座りの膝に顎を乗せながら、明後日から始まる給食なんだっけなー。献立表見たんだけどなぁ。と、興味のないフリをしながら眺める。だいたい皆同じ顔に見える。
斜め後ろに座っている女子は男子の転校生をコソコソと指さしながら「あの子かっこいいー。うちのクラスにこないかな!」「あの子ドッヂ弱そうじゃない?」と勝手な事を言っている。
体育館の床に貼られた何の印なんだかよくわからないビニールテープを指でカリカリと剥がしながらぼくは、恥ずかしいくらいドキドキしている心の中を何か別のどうでもいいことでいっぱいにしてやろうとしていた。先生が一人ひとりのクラスを発表していった。
結局、ぼくのクラスの四年二組が呼ばれることはなかった。体育館から一言も友達と話をすることなく教室へ戻り、いつも通りの休み時間が来た。教室ではそれぞれが好きな友達同士で集まり、春休みにディズニーシーへ行っただの、大阪に行ってかに道楽の店頭のカニを見ただの、春休みに起こったことを自慢していたり、女子グループのピアノを習っている子がオルガンを自慢げに弾いていたり、図書室で借りてきた本を読んでいる子がいたりしたが、ぼくは誰とも話さずに、話そうとは思えずに教室を出た。
自分で洗い、真っ白になった上履き(バケツに入れて置いておいてもお母さんは自分で洗いなさい、と洗ってくれなかった。)で廊下を滑るように歩いていく。四年三組からも四年四組からも雑談の声が聞こえて、だいたい同じ世界が広がっている。渡り廊下にある段差のすみっこ腰掛け、鉄臭い柵にもたれかかった。校庭の土や楠の匂い、時々隣の校舎にあるトイレの臭いがした。
「ふん、ふふふん、ふん、ふー」
何の曲でもないオリジナルの歌をうたう。ここはぼくが3年生の初めの頃、道徳の授業中に絵を描いていると先生に「授業を聞かないなら出ていきなさい」と怒鳴られて学校中を歩き回った時に見つけた、秘密の場所。確かその時、誰かの筆箱が隠されたとかの問題が起きて、先生が黒板に「人の気持ちを考えよう」なんて書いて大きな声で何か必死に話していた。ぼくは人の気持ちを考えたり空気を読むなんて難しい事は出来ない。ましてや筆箱を隠すなんてそんな事した事がない。だからぼくは関係無いと思い絵を描いていた。家の近くに咲いていた紫陽花の絵だった。反省なんてしてなかったし、なんだかこっちが怒りたい気分だったっけか。
大きく伸びをしたところで、トイレの臭いがする隣の校舎から声が聞こえて来た。
「お世話になります。どうぞよろしくお願いします。」
「はいこちらこそ。よろしくお願いします。」
大人同士へこへこと頭を下げあっている様子が見える。多分うちの先生と誰かのお母さんだろう。誰のお母さんなんだろう。
「きよちゃん、これからよろしくね。」
ね、きよちゃん。と先生が誰かのお母さんの背後を覗き込んだ。きよちゃんのお母さんは背後に隠れる女の子を引っ張り出し、ほら、挨拶は。と促した。きよちゃんは声を出すことは無く軽いお辞儀をしただけだった。
「ではこれで失礼します。今日はすみません、始業式出せなくて。」
「いえいえ大丈夫ですよー。お母さんお忙しいんですから。無理なさらないでくださいね。あ、これ名札ね?」
きよちゃんは名札を握って、お母さんと先生をほっぽってこちらに歩き出した。
「あっ、ちょっと!…すみません」
「ふふふ、いえいえ。では失礼しますね。」
先生は半分後ろ歩きになりながらきよちゃんのお母さんにお辞儀をして、きよちゃんを追う。もしかすると、ていうか確実にうちのクラスに転校してくるんだろう。
始業式の時のドキドキがまたみぞおちと呼ばれるあたりからせり上がってくる。それはきよちゃんがぼくの目の前に立った時にもっと激しくなった。
「四年二組なの?一緒。」
渡り廊下に座り込んだぼくは、初めてきよちゃんの声を聞いた。