現在執筆中の、SF魔法物のオリジナル物語なのですが。
タイトルだけは決まっている、「ウィーヴィング サーガ」。
あえて、物語のバックポーンを説明せずに、どういう読後の印象を感じるのか、お聞きして見たいのです。

鋭意執筆中の第一章をすっ飛ばして、第二賞からになりますが。

それでは、どうぞ。

「誰も見送りはせぬ約束だったが…クルスゲンまでは私も同行しよう。」

サラが振り返ると、村長がいた。

「村長…。」

マール村のすぐ側に流れるガルフスト河は、ちょうど村の辺りで大きく蛇行している。その外側には流れの緩やかな水面が広がり、そこにクナール船用の船着き場が作られている。船の接岸・係留には理想的なのだが、村との間の荷運びと言う点では不便もある。そこは村から少し外れ、直接目につかない場所でもあるからだ。

ここから河口にある村、クルスゲンに下っていく。雪解けの季節、今頃なら二日で着く距離だ。ちょうど先日到着したクナール船が、荷の積み下ろしを終え出立準備を始めている。サラもこの船に乗っていくのだ。

向こう岸の崖を越えて、船着き場に日の光が届いている。6月に入り空気も日差しも幾分暖かくなったが、向こう岸は日陰になって未だ暗く冷たい。

 

「出立します。」係留が解かれ、クナール船はゆっくりと岸を離れた。

 

向こう「岸」といっても、ほぼ「壁」。氷河が蛇行する際、長い間氷の圧力によって削られ続けた結果生まれた断崖。日の光は一日を通してほぼ届かない。しかし蛇行して進む河の進行方向からは日も差し込み、明るく照らされている。そんな光と陰のコントラストの間を、船は下っていく。サラはしばらく、まるで光のカーテンのような光と陰の移ろいを、ぼんやりと眺めていた。

 

河を下る間、船長も、村長も、サラも、何も口を開かなかった。ただ緩やかに、静かな時間だけが流れていく。

穏やかな日差し。暖かくも、時折冷気を含んだ風がさざめく。船にぶつかる波と、時折軋む船の音。

不意に吹く風がサラの髪とじゃれ合い、通り過ぎる。しかしサラは、船の座板に座って身動き一つしない。

 

それは、彼女がこれまで体験したことのない景色。それを全身に受け取って、無表情だった彼女の口角が、わずかに上がってみえた。

 

そんなサラの姿を、村長はただ黙って見つめる。

 

河下り。マール村にとって、それは二つの意味を持つ。

一つ目は、村の中では手に入らないものを入手するための、外との商売。

下界から離れて隠遁しているとはいっても、日常の生活は完全な自給自足には程遠いのが実情。つまりは足りない物を補うための外貨獲得が必須となる。サラがこれから向かうクルスゲンがそうだ。

このクルスゲンという集落。表向きはどことも繋がりを持たないただの田舎の漁村を装っているが、その実体は必要に迫られてマール村が秘密裏に設けた、外界との通商交流の窓口なのだ。

 

そして二つ目。それは「河下り」が、マール村の「出る側」の玄関であるということ。

マール村は、村に「入る」と「出る」で「玄関」が異なる。

閉鎖された共同体であるマール村には、自分達の血を守るため、村から「出る」と言う概念が存在しない。村の意向に背く者や自分の意志で村を出ようとする者は、すべからく排斥される。そういった者たちは「出る側」の玄関から出され、戻ることは許されない。

今サラが乗せられているのは、そういう船。船着き場が、わざわざ村から外れ、人目につかないところに設けられているということからも、こちらが本来の意味なのだろう。

しかし当のサラには何の関係もない。そもそも、気にするという発想自体なかった。

 

「そういえば。」

「どうしたね?サラ。」

「クルスゲンまでは二日の旅程と伺いましたが。」

「うむ。」

「とすると、夜は通しで進んで、皆船の上で寝るのですか?」

「?」村長、船長、乗組員、皆の動きが一瞬止まる。間があって、村長が察した。

「なるほど…サラは船の旅は初めてじゃったのう。」

「はい。」

村長は船の縁に手を置いたまま、少し考えるように空を見上げた。

「……夜も進む、とな。」村長は目線をサラに戻す。サラもまっすぐ村長を見る。

「河ならまだしも、海はそうはいかん。」

「夜の海は、道が消える。岸も、流れも、目印もな。」

何か言いかけてサラが小さく息を吸う。それを察して、村長は言葉もなくそっと手を上げた。

「港があるなら、日暮れ前に入る。ないなら、安全な入り江などに錨を下ろして、船で夜を越す。」

「無理に進めば、暗礁に腹を裂かれるか、潮に持っていかれる。」

「命を賭けてまで、急ぐものでもないからの。」穏やかに、少しだけ口の端を上げる村長。

サラは首をかしげる。

「……そういうもの、なのですね。」

「そういうものじゃ。」頷いて、村長は短く答えた。

「そして、それは河とて同じことじゃ。人の身も、船も、適度に休ませるのが一番じゃからな。のう。船長。」

「その通りです。」大きく頷く船長。

「私たちにも、休憩をくださいますか?サラ様!」

調子にのる乗組員。振り向くサラ。サラの後ろから船長が無言で嗜める。

一瞬、船長と目が合う。船長は何も言わず、親指を立てた。

「もちろん。喜んで。」苦笑しつつも顔が綻ぶサラ。暖かな笑いに包まれる船上。

「さあ、サラ様のお許しが出たぞ!ちょうど良い頃合いだし、休めるものから昼食にしよう!食べ物と水を皆に配ってくれ。」船長が乗組員に指示を出す。

「了解!」

 

船は河の流れに身を任せたまま、しばし速度を落とした。

皆に乾いたパンと干し魚が配られ、水革袋が順に回される。火は使わない。河の上ではそれで十分だ。

サラは、船縁に腰掛けたまま、皆と同じものを口に運ぶ。味は素朴だったが、不思議と悪くない。

「こう言う食事も、あるのですね…。」

「お口に合いますか?サラ様。」船長が気をまわす。

「ええ、とても。」

「それはよかった。」

「こうして…大勢で、同じ時間を共有して、食事をするのは初めてで…不思議な感じ…ですね。今日は、初めてづくしです。」ふわりと微笑むサラ。

予想外の返答に返す言葉をなくし、口をつむってしまう船長。目が泳いだ先で、どこか気まずそうな村長と目が合って。

「そういえば、サラがこんな風に食事をするところなど、殆ど見たことがなかったのう…」

「…………」

二人は押し黙って、満足気に干し魚を頬張るサラの姿を見つめていた。

「と、いうことは…、」

「日が暮れる頃までに、船が泊められる場所がある。ということですね。」船長を見るサラ。

「その通りです。一泊目の野営地。ヴァーレです。」

 

しばらくして、ふとサラは左上から届く黄金色の光に気がついた。右岸の稜線を越えて差し込む光が、左岸の上半分ほどを照らしている。

遅めの昼食を食べていた時に進行方向から照らしていた日差しは、いつの間にか右に傾いていた。

船の周囲はもう完全に日陰に沈んだが、水面は空と左岸の明るさを映して、暗いという印象はあまり感じない。

そんな夜と昼の間(あわい)のなかを船は静かに滑り、程なくして一日目の野営地、ヴァーレが左側に見えてきた。

 

「見えたぞ。ヴァーレだ!」

「接岸準備!各自持ち場につけ!」「了解!」

ゆっくりと、船が桟橋に近づいていく。最初は桟橋に対して斜めに進入。向きを合わせつつ、徐々に速度を弱めていき、後は惰性で。桟橋と船との擦れ合う音がひびく。

「接岸完了。係留急げ!」

「船上作業以外の者は、野営の準備に掛かってくれ。」

「備蓄品・食糧の確認。休憩所の準備。薪の調達と焚き火の火起こし。手分けしてかかれ!手の空いた者から、食事の準備を手伝ってくれ。」

矢継ぎ早に指示が飛び、乗組員が一斉に仕事に掛かる。

「何せ、サラ様が見てますからな。それは皆も張り切るでしょう。」と船長。

「そんなものでしょうか…」とサラ。

「そうですとも。」

「さあ、それじゃワシらも降りるとするか。」村長が立ち上がる。サラもそれに続こうとして、ある事に気付く。

「村長、この桟橋片方浮いてますから不用意に体重掛けると揺れます。気をつけて。」

「へ?何で知って…おわっと!」危うく河に落ちそうになる村長を、乗組員が助けにはいる。

「だから言ったじゃないですか。」ゆっくり慎重に降りるサラ。呆気にとられる村長と船長。

「私も、ちょうど注意しなきゃいかんと思っていたところだったんですが…。あの娘はここの桟橋の片側が浮体式なのを、知ってたんですか?

「いや、そもそもここに来るのすら初めてじゃよ。…まあ、“マールの巫女”じゃからな。」

「………」言葉が見つからない船長。

 

晩飯。昼食と変わらないが、乾物倉庫にはニシンの燻製魚が人数分で足りる以上に保存されていた。あとは備蓄食糧庫に樽一つ分の果実酒も。

「ワシが手をまわして用意させたものじゃて。盛大に飲んで食ってくれて構わんよ。」

「さすが村長!馳走になります!」船長が礼を言う。乗組員がそれに続く。

「酒は飲んでもいいが、二日目もある。くれぐれも控え目にな」と釘を刺すことも忘れない。

 

村長は船長と、乗組員は乗組員と、それぞれ食事をとる。サラはやはり一人だ。それでも、乗組員の様子を見て笑ったり、気持ちは外に向いているように感じられる。

「ところで村長。」

「何だね船長。」

「さっきのは、やはり…あれですか。」

「うむ。あれが“織法”(しょくほう)じゃ。」

「“織法”…。間近で体験するのは初めてです…。」

「世界のありようを“糸”として捉える力。さっきのは、そのほんの端っこに触れただけじゃがな。」

「間近で体験するのは、私も初めてです…。」

「あれが外の世界にでる、と決めたのなら、それを尊重することに吝かではない、が…。」ちらとサラの方を見る。

「サラは、これまではマールという閉じた世界の中だけで過ごしてきた…。如何に秀でた“織法使い”と言えど、その正体は、ただの世間知らずの娘なのじゃ。」

「そんなサラが、外の、本当の世界で、やっていけるかどうか…ワシはそれが心配での…。」

「……!」村長の言葉を聴いた瞬間、船長は一つの当たり前の真実に思い至る。

何のことはない。失われし古の大織法使いと呼ばれた“ウィーヴの民”とて、結局はただの人間に過ぎないということに。隣にいるのは、孫の出立が気掛かりな、普通の爺さんなのだ。

「見てごらんなさい村長、サラ様の顔を。先の未来を信じて疑わない、希望に溢れた笑顔じゃないですか。」

「船長…。」

「信じましょう。彼女を。保証なんて大層なものじゃありませんがね。…でもあの顔を見て、不安になる方が無理って物ですよ。」

「…そうじゃな。ありがとう。」

「さあ、そうと決まれば、乾杯(スコール)しましょう!」いつの間にか船長の手には果実酒の注がれた木製のコップが。

「乾杯?何にだね。」船長からコップを受け取った村長が尋ねる。

「もちろん、サラ様の旅立ちに、です!」

「おお!それは名案じゃ!」

「では!」互いに目を合わせて。

「サラ様の旅立ちを祈って、スコール!」

「スコール!」

 

夕食という名の酒盛りは夜更けまで続いたが、今は、火の番・船の番を除いて、皆休んでいる。

夜更け、といってもこの辺りは白夜の領域に近く、今の時期なら深夜まで夕方のような明るさが続く。それでも、フィヨルドの谷間は既に夜の闇が支配している。

村長は休憩所からむくりと起き出し、火の番の乗組員と交代して皆を休ませた。

村長は乾物倉庫側の丸太椅子に腰掛け、辺りを見回す。皆寝静まり、物音一つしない。河の音、船と桟橋が擦れる音、焚き火の爆ぜる音だけが、やけにはっきりと耳に届く。

サラを見やる。サラは休憩所、資材倉庫側の端で休んでいる。村長からは反対側の位置だ。

しばらくサラの様子を見てから、焚き火へと視線を移す。ぼんやりと焚き火を見つめる村長。

 

「サラよ。お前はワシを、マールを、恨んではおるまいか。

 

お前は、マールでの中でも、稀なるウィーヴィアン“織法使い”として育った。

 

だが、その大きすぎる力ゆえ、ワシらはお前を巫女として奉り、遠くから見守るくらいしか出来なんだ。

 

正直、ワシらは皆、畏れておったのじゃ。

 

あのハルレナの末裔、ルフィルと言ったか。あの男の事も、結局全てをお前に押し付ける形になってしもうた。

しかし…そうじゃな。あの男こそが、お前を変えてくれた。

お前を「人」にしてくれたのじゃな…。

 

それまで人形のように無表情だったお前が、幾つもの表情を表すようになるとは。

 

ワシらはお前への接し方を誤った。どうか許しておくれ。

 

もはや、わしらに出来るのは、そなたを外の世界へ送り出すことくらいじゃ。

外の世界でこそ、お前は、生ある人として、一人前になれる。

 

ただ、よりによって…、

ウィーヴの民の中で一人だけがなる「結ばぬ者」に、お前がなってしまうのだけが、ワシらの心残りじゃ…。

 

願わくば、どうか息災であれ…。」

無音の闇に、焚き火が一切れ爆ぜた。

 

床に入って、サラは珍しくすぐに眠りに落ちた。

しばらくして、サラは暖かな光の揺らめきに目を開ける。ゆっくり体を起こすと、そこは自分の家で、暖炉には薪がくべられ、食卓には食事が用意されていた。

「…これは…」

「おお、目が覚めたかね。さあ、こっちへ。」と促すのは村長。

「え…村長、何でここに…」

「そんな事気にせずに。ささ、食事にしましょう。」

「あなたは…船長さん?」状況が飲み込めないサラ。差し出された食事は、乾いたパンに干し魚。

「皆席に着いたかの?」いつの間にか船の乗組員もテーブルについている。

周りを見回すと、そこは自分の家ではなくマール1号の船上で、柔らかな日差しの中を静かに進んでいた。

「それじゃあ頂こうか。」

「頂きます!」

「素朴だけど、なかなかいける。」めいめいに談笑しながら、楽しく食事は進んでいく。

サラも釣られて笑いながら、好物になったニシンの燻製魚を食べる。

そして気がつくと、そんなサラを後ろで眺める二人の姿が。

「…お父さん…お母さん…?」

二人は黙ったまま、しかしサラを暖かく見守っていた。

「お父さん…お母さん…!」二人の姿は次第に遠ざかっていく。でも不思議と寂しさは感じない。胸の中に残る暖かさが、そう感じさせるのか…。

追いかけることは、できない。きっと追いつけない…。何となく分かっていた。

だからせめて、会いに来てくれたことに、感謝を…。

「ありがとう…。お父さん…お母さん…。いってきます…。」