「じゃぁ~、28ページを開いてくれるかぁ~?」
この英語の講義よりかなり早く大学に着いたこともあって、英語の予習は満遍なくすることができた。毎回、この予習をしているわけではない。今回の範囲は難しいから予習をして来いと、前先生が言っていたからだった。
周りの人はちゃんと予習しているのだろうか。
案の定していなかったのか、大半は答えに戸惑っていた。サッと答える人もいたけれど、つまづく人が多かった。
「じゃあここの英文を、君~。」
「あ、はい。」
いきなりは反則だろ。
「えっと・・・。α粒子とβ粒子はその磁場によってそれぞれ逆向きにそれてしまう・・・」
「はぁ~い、正解~。」
優越感、MAX。
電車の中は、驚くほど蒸し暑かった。行きの電車の中とは似ても似つかない温度をしている電車は、乗客を乗せ走っている。
気づけば、もう家の近くの駅まであと少しだった。駅のホームで開いたドアから、また蒸し暑い風が入ってくる。その風にはもう一つのものが混ざっていた。
「・・・雨?」
この季節の雨には独特の匂いがある。夏を感じさせるにおいのなかの一つだ。
最寄り駅に付いた瞬間、それは確信に変わってしまった。雨が少しづつ降り始めていた。
「まじかよ。」
妙なことに、駅から出たときには駅のホームでみた雨粒は姿を消していた。止んだのだろうか、こんなにもすぐに。
俺は運がよかったと思いつつ駐輪場を後にした。
自転車をこいで2分くらいだろうか。俺の顔にぽつっと雨粒が落ちてきた。俺が上を見上げると、そこにはいい具合に俺と重なった電線。
「これか。」
さっきホームで見た雨の粒が電線に付いたのだろう。誰でもそう予想するはずだった。
しかしそれはすぐに裏切られた。
俺が自転車をこぎ始めた次の瞬間、雨が音をたてて降り始めた。
「・・・!!」
しかも尋常ではないほどの雨量だった。アスファルトに叩きつけられる雨粒の音がすさまじくはっきりと聞こえてくる。携帯をさっきバックにしまっておいて正解だった。
通り雨だと期待はしたが、俺はすぐにあきらめた。顔に当たる雨粒が痛い。前髪が伸びているのがここで役に立つとは思わなかった。ごく少ない雨にうたれるのは少し好きかも知れないけれど、これは話が全く別だった。髪はすぐ、風呂に入ったようにびしょびしょに濡れてしまった。服も、絞れば水滴が滴り落ちるだろう。
「きいてねぇっつぅのぉ!」
自転車のスピードが上がれば雨粒が痛いし、遅くなれば家に着くのが遅くなる。どうするべきか。
「あ・・・」
まぁこんなとき。
「赤かよ・・・」
信号で止まっているびしょぬれの俺は、車に乗っている人の目にどう映っているんだろうか。
「ただいま。」
「あんたはほんまに雨が強いときに帰ってくるんじゃけぇ。」
「しゃあねぇって。」
「運がわるいのやらなんやら。」
母さんはあきれた口調で、タオルを俺に渡してきた。服は拭いても意味がない。髪を拭こうにも、ワックスついてるし。俺はひとまずバックを拭いた。
着替えた俺は部屋に寝転んだ。窓の外はまだ雨の音が激しく、鳴り止んではいなかった。
「はぁ・・・。」
昨日の夢のせいか、この雨のせいか。気分はかなりブルーだった。何をしても上がりそうにないテンションが、俺を取り巻いていた。
こんなときに彼女にメールするのは、あまり気が進まない。テンションが下がっているのにメールするのは、迷惑な可能性もゼロではない。
でもしたい。
やっぱりそう思わずにはいられなかった。
そんなとき、すがりたくなってしまう。
「・・・。」
俺はバックの中の携帯を、静かに取り出した。
