家の中は、かなり静かだった。正直言うと、リビングから今日一日ほとんど動いていない。
家が静かな理由は、俺以外の人間がいないからではなく。ただ単に動いていないのだ。俺以外の人間は夢の中、ということ。家から少ししか出ていない俺が家族の中で一番活動的に見えるほどだった。少し妙な話だが。
昼に嬉しいことがあった。それもあって、俺は久しぶりにクローゼットの中の制服に手を伸ばす。
「懐かしいな。」
もうこれを着なくなって3ヶ月が経つ。アイロンをかけたワイシャツに、表面が削れたボタンの付いているブレザー。そこにかかっている2つのネクタイ。
俺はブレザーのポケットから、名札を取り出した。ワイシャツからネクタイピンも取り外す。
好きな人に渡す約束をしたからだ。今の俺が持っている「今」
俺はその二つを、ゆっくりと机の上に置いた。
その机にはこの2つとは別の、「過去」が置いてある。
「やっべ・・・」
高校2年の夏終わり。俺は急いでワイシャツを着ていた。
「今日からネクタイしなきゃいけねぇしよぉ」
高校は衣替えだった。ポロシャツからネクタイに変わるこの季節は、朝の支度が面倒になる日でもあるのだ。
夏の暑さがまだ残っているのにワイシャツは、少し辛い。
「あんたはよぉいきんさいや。」
「んなこたぁ分かってるよ・・・。」
俺はゴルフバックを肩にかける。
「んじゃあ行ってくるわ。」
「いってらっしゃい。きをつけんさいよ?」
バコッ・・・。
「またかよ。
俺は決まって、家から出たとき壁にそのバックをぶつけていた。
学校の階段は、バックのおかげで辛い。
階段の上に、一人見覚えのあるヤツが友達と歩いていた。
「あいつは・・・えっと」
クラスの女子だと分かるまで、少し時間が必要ではあった。
「確か野球部・・・だったっけな」
カチャン・・・
その女子のバックから何かが落ちたのが見えた。
「あ・・・おい・・・」
友達といたこともあって、話しかけることはできなかった。俺はその落し物を拾い上げる。
何やらクリップのようなものだった。
クラスに戻ったとき、その子にそのクリップを渡した。正直緊張はしたけど、その子は笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
「最近、気にもしなかったからな。これ。」
俺は机の上にあるその「過去」を手に取った。少しおしゃれな袋に、「過去」がしまってある。
メールでその子から渡したいものがあるからと言われたのは、高校3年生の冬だった。その間いろいろなことがあったけれど、もうその時には俺はその子に告白してフラれていた。だから意味が分からなかったんだ。何を渡すつもりなのか、実際期待した俺がそこにはいたかもしれないけれど。
これで受験頑張ってと、その子が俺にくれたのは小さな手紙の入ったおしゃれな袋。
手紙には短文で受験に対しての応援メッセージが書かれてあった。
嬉しいぶん、悲しかった。
なんでかはそのときの俺がよく分かっていたはず。俺にはむなしさの他無かった。中には合格と書かれた小さなミサンガが入っていた。
馬鹿正直に俺はそれを持って、受験勉強をした。高校3年間部活をして一般入試など馬鹿げた事をしていると自分では分かっていたが、自分なりに頑張った。
その子はどんな想いで俺にそれを渡したのか、実際のところわからないけれど。
受験が終わった開放感と一緒に、俺は机の上にそれを置いて臨時の卒業式に向かった。
今机の右上にあったのは、そのミサンガの入った袋。「過去」だ。
好きな子にふられた思い出とむなしさみたいなものが詰まった過去。
「・・・。」
得たものも大きかったが、幸せとは幾分もかけ離れていた。
俺はまた、机にその袋を戻した。
高校3年の俺に今会えるとしたら、どう慰めるのか。少し頭には浮かぶ。
「けじめ、つけなきゃな。」
俺はカレンダーの日付を確認する。
「明後日だ。」
「今」と「過去」の二つが、机の上には並んでいた。
