昨日、ツイッターのタイムラインに急に「SDGsでは貧困撲滅が掲げられているから有機農法では食糧不足となり理念に逆行する」とか「農薬と化学肥料が多くの人々を飢餓から救った」みたいな書き込みが増えました。
私なんかに言わせると、非常に違和感があるんですよ。
どうも辿って行くと、
「ちょっと高くても、有機野菜を買わないか? 農薬や除草剤を蒔かれた土の生き物は死んでいく。やがて土から微生物が消え、栄養がなくなり、植物が育たなくなる。 農薬や化学肥料を使わない野菜を選ぶということは、土壌を守る、ということ。一番身近な環境保護であり、これこそがSDGsだと思う。」
と書き込んだ人が居て、それに対してアンチ有機農法の人が噛み付いてる、って状況でした。
この書き込み自体も正確ではないのですが、まぁ、方向としては良いと思いますよ。
そりゃねぇ、有機栽培じゃなくたって土が死んだりはしませんよ。
上手く、農薬や化学肥料の弊害を避ける方法はあります。
私が園芸学部の学生だった1980年代だって、化学肥料にばかり頼っていたら連作障害とか出易くなるから、堆肥などの有機物を入れないとイケない、って言うのは常識でしたよ。
水耕栽培以外は、大抵有機物、まあ、腐植質ですけどね、入れてますよ。
つまり逆に言えば、化学農法でも堆肥や腐植質は必要となるから化学肥料と農薬だけで収量を上げる事はできないって事なんですよ。
一方で、「農薬と化学肥料が飢餓を救った」って話ですけど、コレも本当です。
「緑の革命」と呼ばれた農業近代化の成果ですね。
1940~1960年代にかけて化学肥料、農薬の開発と多収品種の育成により各国で飛躍的に生産高が伸びたのです。
小麦は日本産の「農林10号」などを元に背が低くて化学肥料での多肥栽培でも倒伏しない短稈品種が育成されました。
稲では台湾のインディカ種「低脚烏尖」と言う半矮性品種を親に用いてフィリピンで「奇跡のイネ」と呼ばれた短稈多収品種「IR8」が育成されました。
トウモロコシでは米国でのF1品種の育成が早くから行われていました。
トウモロコシは稲や小麦と違って雌雄異花なのでF1品種が作り易く、C4代謝系を持っているので(イネ、ムギはC3代謝系)光合成効率が高くF1化で2倍近い収量が実現できました。
その様に実際に化学肥料、農薬、新品種で飢餓問題を解決したのですが、それは1960年代以前の話です。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」は1962年に出版されました。
ざっくり言えば農薬による環境、生態系の破壊について警鐘を鳴らした本です。
「 国際有機農業運動連盟」が設立されたのは1972年です。
つまり、反農薬運動や有機農法運動が起こったのは、化学肥料や農薬で農産物の収量を革命的に増大させた後、と言う事です。
化学肥料と農薬の乱用で土地が疲弊したり病害が増えたり自然生態系が破壊されたりしたので、その問題への解決策が模索された訳です。
この様に急激な化学農業拡大の弊害への反省から有機農法が起こって来ました。
だから「有機にしたら食糧不足になるから化学肥料と農薬を使うのが正しい」と言う主張は従来の問題に対して何の解決策も提示しておらず
「だぁからぁ、それじゃダメだって言ってるんでしょうがぁ」
と突っ込まれる類の詭弁だと思います。
1980年代以前は、アメリカでは大規模農業を行い、化学肥料や農薬を多投していました。
すると土地が疲弊して連作障害が発生したり収量低下が起こったりします。
すると、当時は、なんとその土地を捨てて新たに別の土地を耕作した様です。
ですから、当時は「略奪農法」と言われていました。
けれど、いくらアメリカが広大でも、作物栽培に適した土地には限りがありますから、今はそんな略奪農法は行われていないでしょう。
最近では大規模な不耕起草生栽培も行われて、土地の荒廃や表土の流亡を防ぐ工夫が導入されています。
仮に、有機JAS認定される様な完全な有機農法でなかったとしても、有機的な手法の導入は持続可能な農業の実現では不可欠でしょう。
更に自然環境や生態系との親和性を考えると、自然農法のノウハウも取り入れるべきです。
と言う事で、「化学肥料や農薬をやめると食料が不足する」と言うホラーストーリーは現在直面する問題に対して何の解決策も提示していないのみならず、解決の方向へ向いてさえも居ないと言う事を理解しておく必要があると思います。
硫酸アンモニウム(硫安)の窒素含有量は20%です。鶏糞だと5%、牛糞だと2%、ですから有機だとダメって事じゃなくて牛糞を硫安の10倍の量施肥すれば同じ事です。
ただ有機質肥料は嵩張りますから運搬労力の増大や施肥作業の高負荷化の問題があります。
また、量の確保も大変ですが、畜産廃棄物、食品工業廃棄物、し尿、下水、食べ残し食品廃棄物など、肥料化してリサイクルしなければならない資源も少なくありません。
世界の廃棄食料は年間13億t、日本人1人が出すし尿と家庭排水は一日当たり約200Lです。
そして、化学肥料の製造には大きなエネルギーが費やされていると言う事や、工業的に大量生産された窒素肥料により自然界の栄養バランスも狂っていると言う事も忘れてはならないでしょう。
今すぐゼロにする事は困難でしょうが、毒性や環境への影響の少ないモノを開発したり、少ない量、回数で済ませる技術を開発したり、有機農法、自然農法の技術を導入して自然環境との親和性を高める必要がある事には変わりはありません。
もう一つ、ちょっと怖い話。
化学肥料と農薬が大衆を飢餓貧困から救ったのですが、その結果それが更なる人口爆発を誘発し、増えた人口が更なる飢餓の原因になっていると言う事です。
江戸時代に日本の水田では200kg/10a以下のコメしか穫れませんでした。
今はその3倍の600kg近く穫れています。
江戸時代の日本の人口は3300万人程度です。
今はその4倍くらい居ます。
収量は3倍になって、人口は4倍になっています。
どうします? 世界中でそれ起こったら、どうなります?
飢餓問題を食糧で解決すると、それが原因となって更なる飢餓が起こる恐れがあります。
飢餓問題は食糧増産で解決するのではなく、地球環境に合った人口の維持対策で解決しなければ本当の解決にはなり得ません。