算数数学VS映像教材 | 次世代を担う子供たちの現在そして未来

算数数学VS映像教材

 「急激に進化する映像教材のイマ」というタイトルで,担当している連載記事を書いたのがつい2週前のこと。かつて自分も映像教材に携わっただけに,最近の進化には注目している。


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 しかしながら,やはり算数・数学を映像教材で学ぶには,いくつかのハードルがある。


本当は黙っていたほうが商売としてはよいのかもしれないが,頭の中を整理する意味で書き出してしまおう。


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 算数・数学の指導者であれば,だれでも気を付けていることに「わかるとできるは違う」がある。


モナリザのジグソーパズルを想像してほしい。

 

 だれでも,モナリザの顔くらい一度はみたことがあるだろう。よって,モナリザの顔わかっている。だけど,ジグソーパズルを完成させられるとは限らない


 全体像をボンヤリ見ているだけではちゃんと作れないことが理解できるだろう。


 目はどうだっけ,鼻は・・・・?,口は・・・?,背景は・・・?


と,絵を見ながら一つ一つのパーツをチェックしないと,なかなか作ることは難しい。これができるということ。



 これは算数・数学の勉強と全く同じだ。


 バラバラになっている情報を自分で一つ一つチェックし(ここがポイントだよ,と説明されるだけでは自身で拾えるようにはならない),その情報を積み重ねて全体像を作り上げるのが,算数数学のキモなのだ。

 

 まさしくジグソーパズルと同様に,一つ一つのピースを色々な角度がら眺めて関連を見つけ,組み合わせて完成させることがミッション。だから失敗や間違いはつきものだし(人はこれを試行錯誤と呼ぶ),慣れるまで時間がかかる。


 とくに図形分野ではこの傾向が顕著になる。図形が苦手という人の多くは,モナリザの顔は知っていても,一つ一つのピースを見て「これは,この部分です」「このピースはてがかりとして重要です」といったことが全く見えていない。


 だから,問題を解いていてもちょっと壁にぶちあたるとすぐに手が止まる。私だって問題文と図を眺めているだけでは,全く解き進めることはできないのに。


 

 最近では,塾のみならず学校でも,完成品を見せて「これがモナリザです」と教えるスタイルの授業が多いようだ。よって,わかるのレベルで止まっている生徒が多くなる。


 授業であれ,映像教材であれ,「ただぼんやり眺める」「聞いているだけ」では算数・数学はできるようにならない。


 図形1つをとっても,時間をとって描かせ,視点の違いやずれを指摘し,やり直しさせる


ところまで時間と手間をかけ,一つ一つのパーツにまで注意を向ける習慣作りを目指すことが必要だ。円1つ,三角形1つをとっても,グチャグチャだったりヘンテコな図を描く生徒は多いから。



 このあたりのことをしっかりわかっている人が演出にからんでいる映像教材でないと,算数数学については効果が薄い。「視聴者がどこでつまずくのか」を意識できない出演者(大学生であれ大学教授であれ教科書問題集執筆者であれ)の教材は,ただの問題集の解説読み上げ映像にしかすぎない。