久々に思い出した池田高校の記憶 | 次世代を担う子供たちの現在そして未来

久々に思い出した池田高校の記憶

 今朝仕事に行く途中コンビニに寄ったところ,各スポーツ紙の見出しが


 蔦監督


 になってる。どうしたのかと思ったら,池田高校が27年ぶりにセンバツに出場するそうで。いやいや,本当に頑張ってほしい。


  

 我々の世代だと,「自分の母校でもないのに校歌を口ずさむことができる」学校の一つ。「あまちゃん」にならって,ちょっと80年代前半の高校野球を思い出してみよう。



 80年代の高校野球は,荒木大輔(早実)の登場によって幕を開ける。1980年夏の決勝は,愛甲の横浜高校と1年生投手荒木の早実が戦って横浜が勝ち。その初々しさと顔立ち,けなげな投げっぷりからハンカチ王子なんて比較にならないほどの人気ぶりに。(注)松坂大輔の「大輔」も,その由来が荒木大輔にあるという話は有名ですね。


 荒木大輔と早実はこの夏から5シーズン連続で甲子園に出場し,高校野球の主役であり続けるけれど残念ながら優勝までたどりつくことはなかった。


 荒木にとって最後の夏(82年)は,誰もが「早実は優勝できるのか?」に注目していたけれど,それをぶち壊したのが「やまびこ打線」の池田高校だった。それは甲子園の主役が交代した瞬間でもあった。


 準々決勝で荒木大輔の早実を14-2で粉砕して そのまま優勝!


6戦で85安打という豪快さで高校野球の主役に躍り出たのだけど,「荒木を倒した」ということでなんとなくヒールの扱い・・・。

 

 池田高校・・・ジャイアン 早実・・・出木杉くん


みたいな感じ。また,畠山も水野も「都会の洗練されたイメージ」とは真逆の「悪ガキ」に見えるため,キャーキャー言われる人気とはちょっと違う注目のされ方だった。


 

 さて,翌春も打ちまくって優勝した池田高校は,憎々しいまでの強さを誇示して83年夏の甲子園に現れる。夏→春→夏の3連覇をかけて。


このチームを倒せるのはどこなんだ???


 という世間の注目の中,このチームを準決勝で倒したのが清原・桑田のPL学園だった。



 しかも試合は7-0の圧勝。これもまた甲子園の主役が交代した瞬間。


 この試合で清原桑田は一気に全国区となり,2人が1年生だったこと荒木のデビューに重ね合わせる人も多く,私の母親などは「荒木くんのカタキをとってくれたわ」と言い出す始末。

 おそらく同様のイメージを持つ人が多かったのだろう,PL学園はあれだけの強さを誇りながらもヒール扱いされることはなかった(と思う)。


 当時ドカベンの人気が高かったこともあって,池田高校を「明訓高校の前に立ちはだかる強敵」のイメージでとらえていた少年(自分もそう)は多かったのではないだろうか。

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 それからはや30年。池田高校は今度こそヒールではなくベビーフェイスとして甲子園で走り回ってほしいと心から思っている。


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