私語の世界 | 次世代を担う子供たちの現在そして未来

私語の世界

死後,死語,詩語ではありません。


間違いでもなんでもなく,私語の世界の話。



2006年から鹿児島へお邪魔するようになって,足掛け4年。

最初から,ずっとずっと思っていたことがあります。


それは・・・


鹿児島空港で働いている人たち,私語が多すぎやしないかい?


ということ。もちろん真面目に働いている人も多いのだけど。




 空港の売店。私が入っても「いらっしゃいませ」の一言もなく,店員さんたちはおしゃべりに夢中。


私が商品を手に取って会計をしようとするとき,誰かが気づいてくれた時はまだまし(でも対応してくれる人以外はベラベラしゃべってたりする)。


ひどい時なんて,ちょっと怒り気味に「すいません!」と言わないと気づかない。

それも,皆仕事で忙しいわけじゃない。普通に立っている状態。


これ,特定の店の話じゃないからすごい。同じような状態の店,数軒あり。



 保安検査場で働く検査員の人たち,彼らも私語が多い。もちろん,お客さんの対応をしている人は真面目なのだが,そうでない検査員(特に若い人)は,まぁいつもしゃべっている。



冗談抜きで,毎回毎回飛行機に乗るたびに「プロとはいかにあるべきか」と考えさせられる。



せっかく篤姫効果で観光客も増えているだろうに,これじゃあ帰路の印象が悪いと思う。



 この空港は,出発・到着の客が同じロビーを通るので,到着便が着いて客が降りてきたら,お手すきの店員さんだけでも店の前に出てきて


「こんにちは,ようこそ」


なんて声掛けするだけでも印象は大きく違う。出発しようとする客に対してだって,もう少し接し方を変えるだけでも鹿児島に対する印象そのものが大きく違ってくるはずだ。


 検査員の人たちだって,暇な人は検査が終わってロビーに向かう人に対して「お気をつけてお帰りください」くらい言えば,印象は違うだろうに。今は,ロビーに尻を向けてしゃべっている状態なんだから。別に頭を下げる必要なんてない。声を掛けるだけでいいのにね。




 私が関わっている学校の先生方(生徒たちも)が,保護者の方々はもちろん,業者の方々をはじめとする出入りの方々に,いつも実に丁寧な対応やあいさつをしているのを見ているだけに,こうした「何気ない印象」の影響力の大きさを感じてしまうのでありました。