「高校入試、身なりで不合格」の是非(1) | 次世代を担う子供たちの現在そして未来

「高校入試、身なりで不合格」の是非(1)

 先週、TVのワイドショーなどでも取り上げられ、アンケートなどが実施されていたこの話題。自分としての考えがまとまらず、しばらく様子を見ていた。


まずは、報道のおさらいから。1つのニュースソースだけでは全体像がつかめないので、関心がある方はこの4つに目を通していただきたい。


http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20081029-OYT8T00193.htm

主なチェック項目
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200810280363.html

選考基準・学校の実態
http://mainichi.jp/life/edu/archive/news/2008/10/20081029dde041040019000c.html

「擁護論」続々
http://sankei.jp.msn.com/life/education/081101/edc0811010020000-n1.htm

 


私の意見として、校長の判断は


「目的」は正しい しかし 「手段」としては間違い


としておく。この校長は「学校の管理者」であり、ある意味ではプロデューサーの要素も持ち合わせている。


「この学校をよくしたい、よくするためには何が問題か」→「入学者の質をあげたい、まじめな子をとりたい」


と考えるところまでは同意する。しかし、この後がね・・・。



世論としては「入試なんだから身なりを整えるのは当たり前、入試を舐めているヤツは不合格で当然」が圧倒的。そんな考えの皆さんに、あえて問いたい。



 私が知る限り、神奈川県の公立高校の選抜方法は


前期→調査書+面接
後期→筆記試験+調査書+α(もちろん事前に公表)


である。だから前期試験については「面接」で落とすことはかまわない。ただし内部告発によって、公表された基準で「57人中16番(つまり面接でOKが出ていた)」の生徒が、『裏の基準』でひっくり返って不合格になっていることがわかった。


そして後期。後期には面接自体がなく、杓子定規に考えれば「身なり」を判断材料に入れることはできない。TV報道では、大半の不合格者はこの後期受験者とされている。



さて、皆さん。


 最近は『学校の閉鎖性』が問題視され、学校は「情報公開」を求められている。公立高校の学校説明会、公立小中学校の学校公開などもあたり前になった。その流れがありながら、こと入試では『裏の基準』があってもOKということなのか?


 これが私立であれば「成績のみで」「体のでかい順で」「かわいい娘から」「通知表に1や2があれば不可」など、自分たちの基準でとればよろしい(もちろん事前公表は必要)。いくら恣意的であってもその基準が世間で認められなければ、生徒がこなくてつぶれるだけだ。つまりこれをチェック機能と考えることもできる。「不正があった」なんて風評が流れただけでも、経営はイッキに傾くはず。ましてや事実なら、このご時勢であるから「食品偽装」の企業と同じ道をたどるだろう。


 ところが公立の場合、どこにチェック機能があるのだろうか?選抜に「校長個人の裁量」を持たせることが是なのか。公的機関である以上、どんな形であれ、「個人の裁量権」を持たせれば「不正」の元になるとは考えないのか?


「57人中16番」の生徒をひっくり返した決定機関が判定会議であったとしても、面接でOKを出した先生方の判断を裏でひっくり返すには、特定の力が働かなければムリではないかと、私は思う。


 この『裏の基準』を発動させるために、「出願時や当日の様子」をチェックしていた人がいて、受験番号なり名前なりを控えておいて判定会議にかけたという。公立(私立であっても)でこれを認めてしまったら、逆に「点数は足りないけど真面目そうだから合格」もあり得る話で、大分の不正採用事件と根底にあるものが同じになりはしないのか?学校の閉鎖性が指摘されている昨今、その是非は別として「裏でコソコソやっていた」姿勢は問われても仕方がないのではないか。


 教育委員会の方も「事前に言ってくれていれば・・・」とコメントしていた。事前に公表しなかった基準で選抜したことは、上記のような可能性を残す。「(不正合格なんて)あり得ないでしょ」と思われるかもしれないが、万が一にもその可能性を排した公平な選抜方法をとることが、入試では必要ではないのか。


「そんな常識的なことまで明文化する必要があるのか」という人も多い。そんな人は少々面倒であってもコチラをみてほしい。

http://www.jinji.go.jp/saiyo/jhoukoku.pdf


これは、国家公務員試験の面接採用基準。

公的機関の「選抜」では、民間の就職試験と決定的に違って「選抜には完璧な公平性を保証する」ことが最優先ではないのか?だから、選抜基準は「事前に公開」しているのではないか?


「身なり」がそれほど重要なのであれば、後期選抜になぜ面接を加えなかったのか???



だから私は、「手段」としては間違いだと思う。


 なお私自身は、この学校が呼ばれているような「課題校(教育困難校)」に通ったことも務めたこともない。だから、現場の先生方のご苦労は想像することしかできない。それを思うに、こういった問題ある生徒を「排除しよう」と考えることは、学校の長としては当然の判断だと思う(教育論としての是非は考えない)。


だから「目的」としては正しいと思う。


そして、根本の原因は「この生徒達の親にある」と考えている。


では、どうすればよかったのか?私の意見は次回。