入学願書盗作の話題
英国では、数百人がオンラインの大学入学願書に「8歳の時、パジャマに焦げ穴をあけた」というエピソードを記載、入学志願者がネットから願書をコピーしていることが判明した..........≪続きを読む≫
おそらく「盗作はいけない」というコメントが多くなると思うのだが、そもそもにして願書は「世の中に出す作品」ではないし、コピーしたことによる結果は100%自分自身が負うものなので、この行為を盗作と言い切ってしまうのはどうか、という思いがある。
「盗作はいけないよ」というコメントをする方々の意図が、この「コピー」という行為をした人々に届くかどうか?
おそらく届かないと思う。コピーした彼らには「うしろめたさ」などの感情があるのかどうか、「ない」と思うからだ。
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私が知っている限り、「盗作」とは言わないが高校入試において塾講師による「願書の添削」は普通に行われている。
何のことだろう?と思われる方のためにもう少し詳しく書くと・・・
公立ならともかく、私立(特に慶應など)では願書に記入する内容も多岐にわたる。志望動機一つとっても、公立の願書のそれとは書く分量・内容ともに雲泥の差がある。特に一部の私立では「親が書く志望動機」と「子供が書く志望動機」があり、毎年多くの親が悩んでいる(ようだ)。
進学塾の中には、その願書(親の下書き)を添削してあげるところもある。その添削内容も、ひどいものになると「原型を留めない」ほどに赤入れが必要になるというのだ。親の「文章力」が怪しい場合、それを添削することで合格可能性がコンマ1%でもアップするのなら、進学塾として添削は当然の行為となる。
親でさえこの調子であれば、子供が書く志望動機も「推して知るべし」だったりする。結果として「他人がほぼ書いた志望動機」を、平然と出願する人がいるかもしれないのだ。
でも、私にはこのような人を非難したり批判することはできない。
もちろんこれは、彼らが「合格したいから」行う所作であって、我々外野の人間がつべこべ言うことではないから。
これは「各自のモラル」に委ねるべきである、と考えるからだ。
コピーや添削によって、いい思いをするかもしれないしかえって逆効果になるかもしれない。
どちらにしてもその結果は100%彼ら自身が負うものであって、我々外野には関係のないことなのだ。
「えぇ、でもその人のせいでウチの子が落ちるかも」なんて思った人がいるかもしれない。
そんな微妙なところで合否が変わるような位置にいなくて済むように、
こんな心配をしている暇があったら数学の問題でも解いていろ!
というのが本音である。
志望動機のエピソードすらコピーしなければ書けない連中には、そもそも実力で負けなければいいだけの話だ。
受験では「自分は自分、他人は他人」。
人の様子や動向に気をとられることなく、自分のベストを尽くすことに集中するべきではないだろうか。
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