姉が譜面一枚を持って銀巴里に行ったらオーナーがいらしてオーデイションに受かった。その日から歌うことになり、譜面一枚の曲を繰り返し歌ったようだ。

 姉から母に連絡があり、末っ子の私は母に連れられて東京に向かった。母は若い頃、丁稚奉公で東京の町には多少慣れていた。

 薄暗い階段を降りて行ったらフランス人がチケットをチェックしていた。店内に案内されフカフカのソファにブルーの光が優しく照らされ、ピアノ、ドラムスのシンバルがステージを演出していた。

 

   フランス人なのに津軽なまりで歌われる男性、品のある日本語で歌われる女性、絵描きのような男性、皆フランス人のようだ。

 

山奥から出て来た私はすべてが異国に見えた。姉が歌ったようだが記憶にない。

 銀座の「銀巴里」は銀座7丁目にあった日本初のシャンソン喫茶、1990年には閉店した。

私は1969年に西の国から東の東京に来た。会社員を5年務めて姉と銀座で40年店をやってこられた。姉は死んじまった。

 シャンソンってなに?と聞かれそうだが、日本に演歌があるようにフランスにもシャンソンがある。

 

   エディット・ピアフというシャンソン歌手はアメリカにいるボクサーの恋人に会うためアメリカに飛んだ。

 

飛行機事故でお亡くなりになった。フランスオリンピックの開会式でセリーヌ・ディオンが歌った「愛の讃歌」が彼女の楽曲だった。

「枯葉」「パリの空」を歌ったイヴ・モンタンもイタリア出身のシャンソン歌手で、面白いことに彼の芸名は、彼の母が子供の頃、戸外にいたモンタンを母親が階上から(Ivo, monta!, イーヴォ、上がってきなさい!)と呼んでいたことにちなむという。

 

 日本では長崎出身の美輪明弘さんが有名だ。長崎原子爆弾の体験の壮絶なお話をうかがった。

 

美輪明弘さんはご健在だが独特な個性で歌われ、弘法大師空海を彷彿させる。

空海和尚は和歌山の高野山の奥の院で今も瞑想されている。

 シャンソンは人生、恋、娼婦という人間の嵯峨を詠った、曲が多い気がする。

イヴ・モンタンが日本に来日したときの記者のインタビューで「なぜ政治に関心が?」と問われた際に「ははは! 全ての出来事は政治的ですよ!」と笑って返したそうだが。

 

  最近、隣国の一外交官が「首を斬る」の暴言に、言ってはならない生き方に政治的な人生を感じた。

 

ほとぼりが冷めて身を引くのだろう。

イヴ・モンタンが「全ての出来事が政治的ですよ」と笑っていたが、ロシアの「タタールのくびき」を思い出した。古いふるい過去だ。

また、過去にもある外交官が「日本国民を火の海にさらしてやる」と暴言を言われても、ただ日本政府は忖度して波風を立てず「遺憾」で終った。

 戦後の敗戦国日本は戦勝国によって、「タタールのくびき」の状態で、

忖度が身について口を封じられたのかな?

 

    タタールのくびき

 

【タタールはモンゴル帝国のこと、くびき、は牛がよそ見しないように真っすぐ進むように首に木をハメられ

た。240年もロシアはモンゴルに支配された】参考に。タタールのくびきで検索してみて下さい。

  時代は明らかに変わった感がある。にもかかわらず、政治家たちは、曖昧な遺憾のままだ。

国会の質疑応答にもむさしく何も私に入ってこない

国が存立が脅されているのに、政治家たちはくびき状態。

隣国は世界地図に隣国を中心に置けば日本列島も沖縄も尖閣諸島も台湾、フィリピンの島国も太平洋に出るにも目障りだろう。

 

  台湾は国際的に国として認められていない。台に湾を付けると隣国は台の海といって怒る。台北だと隣国の一部だ。

 

台湾が隣国の一部となれば、日本も石油、物資などの輸出入の死活問題だ。高額な通行料も取られるだろう。電機、ガス、水道も物価高は容赦なく値上がりする。経済の主導権は確実に握られる。

話は変わりますが、石油、LNGの輸入ルートを検討してみてはどうだろう。あってはならないことだが、地球温暖化で北極海の海氷が2030年にすべて消滅すると2023年の学術雑誌に掲載されたようだ。

 

  アメリカファーストも、かつての猛もなく、関税が効いて来たのか物価高の影響で支持率も下降気味だ。

 

 隣国も14億の国民を監視しているようだが、不景気で外交官をあやつって、感情のまま、その場しのぎのことでは、いつかは爆発するだろう。

 日本への渡航禁止は隣国の首を

閉めるだけ、その不満は国に返ってくる。

 日本人もマナーも悪かった時代もあった。「旅の恥はかき捨て」ということわざもあった。マナーも徐々になおしていった。団体旅行には特にマナーの説明会を行った。

 

   日本も初女性の総理大臣、世界はこんとんとしている。過去の日本に戻る時間はない。日本のリーダーシップに期待したい。

 

振り返ると極寒のロシアは凍らない港を求めて南下政策をとった。

 一方、隣国も太平洋に出ようと画策しているが「一帯一路」は、アジア、中東、欧州を陸路と海路のシルクロー ドでつなげようとする壮大な構想であるが、アフリカでも各地で問題を抱えているようだが自国中心主義では他国はついてこないだろう。

 

 

10

 

   今回の問題でわだわだ日本の特使が隣国に訪問したが、2025年11月19日のテレビの画像に隣国の高官だろうが、ダブダブのズボンのポケットに両手を入れて話していた。

 

 私が隣国の立場だったら、たとえ偉い高官だったとしても、場を遮りその態度を厳しく注意するだろう。

 日本が従来のあいまいな「遺憾論」から脱却して当たり前の議論をしないと日本国民の多くはうんだりしている。