前編

他人を変えることは疲れる

コビー博士は著書「七つの習慣」で「原則、他人を変えることはできない」との考えを述べています。変えられるのは自分の行動だけだと続くわけなのですが、自分と他人は違うのですから、当たり前ですよね。

人間は一人一人が自分の価値観や考え方に基づいて行動をし、生活をします。そしてその価値観は千差万別です。


ですから自分と全く同じ価値観に基づいた理想的な行動をし、理想的な生活を営む他人などいないということです。そして、子供は「血の繋がった他人です。」親とは別個の人格価値観を有しているとという点で他人です。



二月の勝者の黒木先生も「人は変えられない」という考えを持っているようですね。保育士や教師や塾講師など普段、子供と接することが多い仕事だと「自分の正しい価値観に子供を合わさせよう」という考え方を持つ人が増えます。まあ、悪気はないんでしょうけど、ウザイですよね。いちいち他者の行動にケチをつけて、正しい(と自分は信じている)ことをするように色々言ってしまう大人になってしまうわけです。
まぁ、大人を言い負かしたり、言い返してくる子供は少ないですから、それでも成立するんですよね。
あ、あとは「子育てに忙しくしている保護者」もそういう方が増えます。もちろん全員ではありませんよ。
子育て中は大人同士のやりとりが極端に減る。配偶者は仕事で疲れていて、家でまで揉めたくないので、余程のことがない限り、子育てに忙しくしている相手の要望を聞く。手伝ってくれるかどうかは別ですが。
本人は無自覚なんでしょうけど、こういう考えになっている状態では大人同士のやり取りでも「他人の行動に口を出して、自分の価値観に合わさせようとする」行動を知らず知らずにとってしまうようです。
足りない情報、不確かな知識で価値観を形成し、その価値観に他者を合わさせようとする。これは人間らしいと言えば人間らしいですよね。腹立ちますけど💢

自分の行動に口を出されて何も思わない人間はいません。誰かの迷惑になっていて、困っている人がいるならまだしも、相手が相手自身の価値観を基に口を出してくる、注意するなんて場合は、心の中で「は?うるせーよ」と思うのが普通です。利害関係がない、対等な関係であれば口にも出す人はいるでしょう。


一方で子供は自分の生活を親に依存していますし、学校や塾での生活は教師や講師に依存せざるを得ないので、いちいち言い返してこないだけだろうと思います。

ただ、心から口を出されたその行動を変えようとは思わないので、いくら注意しても行動が変わらないという現状は残ります。

つまり、「空回り」です。


佐倉先生の「担当する下位クラスを何とかしたい、クラスの子供達のために頑張りたい」という気持ちに対して、黒木先生は空回りという言い方をしています。これはかなり配慮した言い方かなと思います。もっとはっきりいうと
ありがた迷惑のおせっかい

といったところでしょうか。


こちらは相手のためにと思っているが、相手は迷惑だと感じているという関係性になってしまうと、行動に口を出された側は絶対に行動を変えません。理由は「嫌われてしまうから」です。 

私たち人間は言われている内容ではなく、誰に言われているかで聞く耳を持ったり持たなかったりします。

関係性の希薄な人、嫌われている人に何かを言われて行動を変えようと思う人は極めて稀です。親のいうことなんだから聞いて当たり前、先生の言うことには従って当たり前の時代ではありません。

「勝手に生んでおいて、あれしろこれしろっていつもいつもうるせーよ。いい加減にしろっ。こっちは生まれたいかどうか事前に確認されてないっすよ。(芥川龍之介の河童のエピソードを引用してきましたね。)」

これ、四谷Aライン偏差値65オーバーの難関中学に通う中学二年生の言葉です。元教え子で憤懣やる方なく、私を訪ねてきて、不満を吐き出していきました。


過去には

いつも自分の思い通りにさせようとしやがって!金輪際、お前の喜ぶことはしない!

といって一切勉強しなくなり、高校に進級できなくなった中高一貫校生(四谷偏差値60オーバー)もいました。

おめでたいことに、この子の母親は中学受験で合格をさせたのだから、中学側で責任を持って高校に進級させろと言いに行ったことをとくとくと語っていました。

どこまでも他人を自分の考えに合わさせようとする人だなぁと思ったので覚えています。

結果的に何も思う通りになっていないのはお分かりですよね。子供も含めて、あなた以外の全ての人間はあなたの言うことを聞く義理は根本的にありません。あなたのことを好きだったり、あなたに感謝している部分があるから、あなたの言うことに合わせてくれているだけです。あるいはお店の従業員や職場の後輩、部下などは何かしらの利益があるからあなたにある程度合わせているだけにすぎません。私たちは言うことを聞いてくれている点において、他人に感謝をしないといけないということを忘れがちです。


他人は変えようとすればするほど変わらないものです。そしてそれに不満をもつようになると変えようしている側は変わらない他人に疲れてしまいます。


さすがに百戦錬磨の黒木先生もわかっているようですね。そうです。人は自分を理解してくれる人の話を聞くものなんです。
親というある種の家庭内での権力を使って子供に言うことを聞かせ続けていると、上記の生徒たちのように、いつかは爆発をします。親からしたらこうした爆発は手痛いフィードバックですよね。







自分を変えることを楽しむ


他人の行動に対して「おぉ、そう来るかい」という余裕を持つことが大切です。

相手がやることを見て、どうしたら自分が望む行動をとってくれるか、自分の考え方や接し方を変えることを楽しむということです。

但し、これは誰かの迷惑になっていることがはっきりしている場合は別です。

「自分の行動に口を出してくる他人」などはきっぱりとその行動を止めてもらうように伝える必要はあるでしょう。

他人の行動に口を出す行為はすでに迷惑行為なので、迷惑をかけてくる相手にはその行動の改善を求めるのは普通のことです。


「あなたは関係ないんだから黙っててくれませんか?しゃしゃりでてくるのは止めてください。」と相手が自分の行動に口を出すことをやめてもらうとかですね。これは普通のことだと思います。

言わなきゃわからないこと、それが自分や家族の迷惑になっているということは止めてもらうように伝える必要はあります。

同様に、塾や学校からのお手紙を親に渡さない、食事や風呂など他の家族に関わる決まりを守らないというのは、塾や学校の関係者や他の家族に迷惑がかかるので改善を求めるのは普通だと思います。

ただ、具体的に迷惑が発生しているわけではないが、やってもらいたいこと、やらないでほしいことは多分、自分の価値観に他人を合わさせようとしていることに該当すると認識した方がいいと思います。

そうです。他人に自分が望ましい行動をしてもらうように促すことは基本的に迷惑行為なんです。その迷惑行為をいかに相手に受け入れてもらうように自分自身が行動するか。

こういった話もブログに書いているから問題がないわけで(違うと思ったり、嫌だと思ったら読まない選択ができる)これを家にやってきて、辻説法のように語られたらただウザイだけです。


そうかと言って、なにも言わずに子供のやりたいようにさせていると、多くの子供は自分のやりたいようにやる。特に子供は判断が未熟な点は事実ですから「~した方がいい」という事柄は伝えないといけません。

教師や塾講師、保護者にとって難しいのは、子供の行動になるべく口を出さずに、子供の行動を望ましいものに変えるという点にあると思います。では、子供の行動を望ましいものに変革するように促すにはどうすればいいのか。


後編に続きます。