夏の高校野球
といえば【応援団】
テレビに映るのはポンポンを持ったミニスカチアガールばかりですが、
学ランの男衆、華の応援団は絶滅したとですか?
私が通っていた山梨県の某県立高校は、山梨県内でも一二を争う
戦後、共学になったとか。
戦後って、私何歳よ..
ともかく、「質実剛健」がスローガンの高校でした。
入学式が終わって(私、遅刻しましたけどね)、その日から三日間は授業はありません。
学校には行きます。
じゃあ何するかっていうと..
応援練習です
これです⬇⬇
そう、「フレー、フレー」の応援練習です。
朝、始業時間と共に、学ランの応援団がダダダッーっと教室に雪崩れ込んできて
「オリャーッ!さっさと体育館に行けぇ~~!!」
と怒鳴り散らす合図と共に、私達新入生は脱兎のごとく体育館へ走って向かう。
朝から夕方まで、それも三日間続く地獄の応援練習です。
まず、応援歌を覚える!..が無駄に種類が多い
全部覚えるまで歌い続けます。
応援の手振りつきで。
午後は横一列になって肩を組み、ひたすら「ワッショイ!」の掛け声と共に身体を左右に揺らすワッショイ応援、
これが数時間続きます。
正座で応援歌を歌う修業もあったような..
もう声が枯れるとかのレベルじゃないんです。
バッタバッタとみんな倒れていきます。
私は倒れなかったですけどね。
(なのに野球の開会式では倒れる 笑)
応援団員の必要以上の威嚇による極度の緊張感と立ちっぱなし、歌いっぱなし、応援しっぱなしの重労働。
これ、今の時代なら相当ヤバイかもね(汗)
まず、親御さんが黙ってないだろーなー
あの時代は(ざっと34年前)バンカラな校風ですから~で通っちゃってたのね。
あの学校の伝統のひとつでもありましたし♪
それを承知で入学したわけだし
誰も何の疑いもなくやってた
若さって、何でも受け入れて従えるものなのね。
今でもやってるのかしら~??
やってないだろーな
いいとか悪いではなく、文化 として受け継がれ、なんとなく誇りにすら感じていましたが、今はどうなんだろ。
もはや「夢でも見てたか?」と思うくらい現実味の薄い思い出だけど(ほとんど軍隊)
応援練習をさせられるのは入学直後のその三日間だけでした。
あとは応援団員だけが毎日、学校の屋上でやってたな..
あの三日間のおかげで、その後三年間の球技大会とか高校野球とか、学校あげての応援合戦は、何も打ち合わせ無しで即座に完璧にできる高校でした。
そんな地獄の応援練習も、その後に待ち構えるさらなる過酷な学校行事の前振りに過ぎなかったのです。
その話はまたいづれ..
何のために厳しい思いを生徒にさせるのか、
それは、その後の社会で待ち受ける、本当の過酷な人生に負けないためだ、と聞いたような。
辛いとき、高校時代での経験が自信と励みになるように..
なってるのかどうかはわかりませんが(汗)
そんな大義名分はなくても、若さとは、どんな苦難も時には楽しみながら立ち向かっていける力に満ちてたな~、と思い出す夏の午後です。
単に能天気なだけだったかもしれませんが、深く考えずにとにかくガムシャラに生きた日々がキラキラ✨と蜃気楼のように懐かしく思い出されるのです。
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