--来年2023年1月1日よりクラブナビゲーターの立場から強化スタッフに転籍されることが発表されました。どのような経緯があったのですか。

李漢宰「もともと現役を引退する時から強化の方に行きたいという意向はありましたが、それよりも先にまずはクラブのことをいろいろと学びたかったためにフロントスタッフとして勤務してきました。これまでクラブナビゲーターとして2年間やらせていただきましたが、もっとクラブのために、トップチームのために、もう少し現場に関わってやれることがあるんじゃないかと思いながらも、なかなか実行に踏み切れなかった2年間でした。今度は選手のサポートを含めて、チームに還元できるような、一番現場に携われる場所に行きたいと思ったことがきっかけです。」

 

--もともと強化の仕事に就きたい意向があったと。

李漢宰「フロントスタッフの仕事をしながら、別にやりたいことが見つかるのかなと思ったのですが、なかなか「これだ!」というものが見つからなかったので、なんだかモヤモヤしている自分がいました。結果的にタイミングとして、強化部で仕事がしたいなと居ても立っても居られず、自分から強化の仕事をしたいと直訴していました。」

 

--丸山竜平スカウト担当や平本一樹強化担当と同じ立場になるのですね。

李漢宰「肩書としては、強化部強化担当です。丸山さんや平本さんなど、これまでも強化を経験されている方々がいるので、見よう見真似で学びながら吸収して、自分の色を出していければなと思っています。」

 

--一度クラブスタッフを経験し、強化部に入るのは、平本強化担当と同じルートになります。そのあたりは意識するのでしょうか。

李漢宰「平本さんの働く姿を見てきましたし、一緒に協力できる人がいれば、よりクラブのためにプラスのエネルギーが出るんじゃないかなとは思ってきました。」

 

--現役を引退した後の2シーズンはどう見えていましたか。

李漢宰「1年目は現役を辞めた後にありがちな現役に戻ることができるかな…と模索したりということはありませんでしたが、やはり1年目はプレーヤーの感覚が拭えずに、プレーヤー視点で見てしまうからこそ、想いが熱くなり過ぎている自分もいました。実際にピッチの中でプレーしている選手であるかのように、そんな想いでいました。2年目は全てが拭い切れているわけではないですが、こうしたクラブハウスができたことでチームの状況を見聞きしたり、選手とコミュニケーションを取る機会が増えたので、いろいろなものを感じました。でもそれをストレートにチームや選手のために表現できないもどかしさもありました。もう少しこうすればこうなるのにな…と答えが分かっているのにそれができない歯痒さもありました。」

 

--特に2022シーズンは歯痒い想いをしたのでは。

李漢宰「夏場前まではプレーオフ圏争いをしていましたし、スタートダッシュに成功したものの、そもそも抱えていた選手の人数、コンディションを踏まえると、これは厳しいなと思ってきました。シーズンの序盤は不安が大きかったですし、夏場以降の失速に関しては予想通りになったか…と思ってきました。クラブハウスができたことで、1週間に何回かは練習を見られる状況を作ってきました。その中で上から見ていると、チームの雰囲気や選手の様子も分かったので、不安でしたし、実際に不安に思っていた現象が起きた時に自分が何らかのアクションを起こすことで変えられたのではないかと思ってきました。自分が何もできなかったことへのもどかしさや悔しさが強かったですね。」

 

--外から練習を見ている時も、実際に自分がピッチレベルで視察しているのと同じ感覚で見守っていたと。

李漢宰「もちろんそうですね。引退してだいぶ経っているので、自分だったらこんなプレーをするのに…といった形では見ませんが、今のプレーで選手たちは何を考えていたのかとか、選手の気持ちになることもありました。」

 

--強化部に異動された後は、どのようなことをされるのでしょうか。

李漢宰「現時点ではまだハッキリとしたことは決まっていません。ただこの2年間やってきた延長線上のことをやると思います。これまでもクラブとしての地域貢献活動を実行してきた中で、どうしてもコロナ禍の影響もあり、選手に地域貢献活動に協力してもらう形ができませんでした。2年間、地道な活動をしてきた中でも、選手が出るか出ないか、それによって、反応が全然違うのが現状です。こうして黒田剛新監督が来たことによって、注目を集めている中で、少し足が遠のいていたサポーターや新規のサポーターを振り向かせるきっかけを選手に協力してもらうことができればとイメージしています。選手たちが自主的に地域貢献活動に参加できるような循環を作っていきたいと思っています。」

 

--どうしてもコロナ禍が障壁になった部分はありましたよね。そのほかには?

李漢宰「もう1つは、逆境に置かれた時、立ち帰るべきクラブのフィロソフィーや理念がゼルビアにはあったのですが、ここ数年はそれが薄れている印象を受けるので、それを再認識する必要があると思っています。このまま流れていってしまうようでは、FC町田ゼルビアとはどんなクラブか。それを答えることはできないじゃないでしょうか。在籍期間が長くても、短くても、FC町田ゼルビアでプレーしてきたことを後悔することがないように、ここでやれて良かったと言えるようなクラブ独自の色を再確認して、選手たちに意識づけたいと思っています。そして自然とクラブの色を強みに変えるような仕組みも作っていきたいです。」

 

--かつてのゼルビアは逆境でこそ力を発揮するようなチームでした。

李漢宰「良い時は良いけど、チーム状態が芳しくない時に戻れるところがないようでは、立て直しが利きません。自分たちの強みは何か。「これだ!」と思えれば強いけど、あれもある、これもある、という時はどんなプロサッカーチームでも、その強みを表現できません。そういう意味では苦しい時に原点に帰れるような“町田スピリット”を、研修なども含めて、落とし込むことが必要なのかなと思っています。」

 

--あらためてクラブとしての根っこの部分を再構築することと、選手に近い立場だからこそ、クラブの地域貢献活動に選手が協力できる体制を作っていく。強化部ではこの両輪を担っていくイメージでいると。

李漢宰「原靖フットボールダイレクターにも託されていることですし、この2年間、クラブナビゲーターとして活動してきたことをアップデートして、活動をしていきたいと思います。いずれにせよ、選手たちを街に出していく活動も積極的にしていきたいです。」

 

--原フットボールダイレクターの意向でもあるのですね。

李漢宰「フロントスタッフを経験している分も、クラブとしての芯の部分を作り上げるためのフォーマットを作ってほしいとも言われているので、いろいろな方々に協力を仰ぎながら、構築していきたいという想いがあります。あとは純粋に高校や大学など、いろいろな試合を視察して足を運び、いろいろな方々とコミュニケーションを図りながら、いろいろな方々を巻き込み、信頼感や関係性を作ってほしいとも言われています。こちら側から打診をすることもそうですが、相手方からゼルビアでやりたいと思っていただけるような働きかけをしていきたいです。」

 

--クラブの根っこの部分を構築するという大きな仕事を託されましたね。もっとも、李漢宰さんだからこそ、できることかもしれません。

李漢宰「プレッシャーは大きいですが、自分にしかできないことに魅力を感じています。だからこそ、苦しい時ことも乗り越えられると思っています。チャレンジするような環境を求めていたかもしれません。周囲からは「またいつ契約が切られるか分からない立場になることは怖くないの?」と聞かれますが、ずっとそうやって生きてきたので、怖い感覚はありません。」

 

--勝負事の世界に身を置いていた人特有の考え方かもしれません。少し話しを変えますが、クラブナビゲーターとしての2年間で李漢宰さんが一番感じたことは?

李漢宰「一番は現役を退いてから、選手の名前で勝負できる時間は意外に短いんだなということです。選手としての李漢宰が忘れられるのは、そのスピード感が思ったよりも早かったですね。その中でクラブに貢献するために、今までクラブナビゲーターとして活動してきたことをアップデートしなければいけません。」

 

--もはや名前で勝負できないと。

李漢宰「だからこそいろいろなところに顔を出して地道な活動をしながら、自分を作っていかないと。今までとは違ったクラブへの貢献をするためにも、新たな自分を構築していかなければならないということをこの2年間で痛感しました。」

 

--クラブ内部にいることで見えたものは何かありますか。

李漢宰「まずスタッフはサッカーが好きであるということ。サッカークラブで働きたいという人たちがここに集まっていると一番に感じました。それぞれの立場や日々のルーティンをしていく中で、その気持ちを表現できないのかもしれませんが、みんなが「クラブのために」という内に秘めたものを、もっと出していけるようになると、もっとすごいエネルギーが放出されて、現場を後押しできるんじゃないかなと思っています。」

 

--そのほか、この2年で特に学んだことは?

李漢宰「パソコン1つをとっても、全てのことを学んできました。パソコンに関しては、やり始めたらできるものですし、分からないことは分からないと聞くようにしています。当たり前のことなのかもしれませんが、やれることが増えてきていることは成長した部分かなと思います。あとはクラブに対して、スタッフのみんながどう思っているのか。一番学んだことはそれかもしれません。」

 

--今だから話せる失敗談は?

李漢宰「自分が勘違いしているのかもしれませんが、大きな失敗はないかもしれません。もともと用心深い性格でもあるので、物事を逆算して進める方ですし。いや、言い切って良いのかな…。失敗があったかどうかは、他の人に聞いた方が良いかもしれません。」

 

--いろいろと学んでいる中で一番苦労したことは?

李漢宰「繰り返しになりますが、パソコンは奥が深いですね。1つ覚えれば、また1つ覚えることが増えますし、「どれだけあるんや!」と出てくるものが多いことが驚きです。ただ反復でサッカーが上達するのと同じように、体で覚えるものだとも分かってきましたが、まだまだ分からないこともたくさんあります。でも分からないことは人に聞いてでも、クリアにするようにしています。」

 

--素晴らしい心構えです。

李漢宰「問題点を先延ばしにすることで自分に跳ね返ってくることがあるので、問題点は先延ばしにしないようにすることは、現役時代から意識してきたことです。気になってきたことは明日でいいや、明後日でいいやと、先延ばしにしていると、それが頭の中にずっと残ってしまうものです。やらなくてはいけないことはすぐにやる。それは現役時代からのポリシーでもあります。」

 

--改めて、今後李漢宰さんはこのクラブにどのように関わっていきたいですか?

李漢宰「着々とクラブが発展を遂げてきたように、今までと変わらず、想いを大事にしていきたいと思っています。想いが強いからこそ、このクラブにいられると思っていますし、そうしたプラスのエネルギーを周りに与えていけるようにしたいです。今後は現場に関わることが多くなれば多くなるほど、選択肢の1つとして、良い影響を与えられる存在になっていきたいです。また最終的には自分で意思決定ができる人間にもなっていきたいと思っています。」

 

--その先の近い将来という意味ではJ1昇格でしょうか。

李漢宰「今でこそ近い将来と言えることですが、僕がゼルビアに加入した当時(2014年)はJ1が頭にあっても、環境を含めて、声に出して言えるような状況ではなかったです。ここまで来たのはコツコツとやってきた結果。これからも少しずつ積み重ねていくことが重要なのかなと思っています。」

 

--強化という意味では、大先輩にあたる今西和男さんが目標の存在になるのでしょうか。

李漢宰「今西さんは僕に全てを教えて下さった方です。昨年の社内発表では、「第二の今西和男さんになる!」と宣言しているので、ようやくそうなるためのスタートラインに立てました。日本で最初にGMというポストを確立したような方ですし、今西さんのような人徳にあふれる方になりたいです。森保一日本代表監督を育てた方でもありますし、今西さんのような方になるというのは、自分の目標でもあります。」

 

--最後に李漢宰さんにとって、FC町田ゼルビアとは?


李漢宰「やりがいを与えてくれるクラブです。だからこそ、どんなに厳しいことがあっても、クラブファーストでやってきましたし、自分で言うべきことではないですが、ゼルビアのために身を粉にしてやってきました。全てを捧げても良いと思えるクラブです。来年でゼルビア加入から10年目のシーズンになります。クラブの「ミスター」と言われるようになるまでは、10年が1つの目安とされていますが、これでようやく「ミスター」と言っていただけるような権利を得られたのかなと思っています。」

 

●編集後記・・・

『闘将復活!!!』

ハンジェさんの強化部への異動を聞いた皆様のなかにも
こう表現される方は多いのではないかと思います。

 

ハンジェさん自身、この2年間で選手とは違う、フロントスタッフの一員として、チラシ配りやサッカー教室。

新規スポンサーの獲得やSNSでの情報発信など、本当に多岐に渡り活動をされました。

 

そのなかでもハンジェさんの言動の源は

 

『ゼルビアのために・・・』

 

この熱い気持ちは現場から離れた2年間でも変わることなく・・・

むしろ静かなる青い炎は、より力強くなっていたのではないかと思います。

 

強化部でハンジェさんがどのようなことをしていくのか。

そして、ハンジェさんの魂を継承した選手たちが次々とピッチで表現をしてくれることを楽しみに、私もハンジェさんに負けない熱い気持ちで、日々の業務に取り組んでいきたいと思います。
 

(MACHIDiary 編集長より)