※本稿はゼルビア担当ライターの皆様に寄稿いただいております。

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J2のシーズン再開が6月27日と発表された。当初は無観客による開催となるが、選手とサポーターがスタジアムに集える日が近づいてきている現状を喜びたい。
中断期間はクラブが進んできた道、乗り越えた壁を思い出す好機でもある。
今回はサポーターの皆さんが心を冷まさず「コロナ後の戦い」に備えられるような、そんな企画を用意した。
ゼルビアの番記者である郡司聡と大島和人が、2012年から毎シーズンごとに「思い出の一戦」を振り返っていく。

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可能性がある限り、あきらめるわけにはいかなかった---。

J3創設初年度の2014シーズン。相馬直樹監督が10年以来となる監督復帰を果たし、J2復帰を目指したゼルビアは、最終節の藤枝MYFC戦に逆転でのJ2・J3入れ替え戦出場を懸けていた。戦いの舞台は藤枝のホーム・藤枝総合公園サッカー場。勝ち点1差で追う2位のAC長野パルセイロを順位で逆転するには、町田の勝利は最低条件。元日本代表サイドバック市川大祐を擁する藤枝を下し、あとは長野戦の結果という“天命”を待つしかなかった。

 



サッカー王国・静岡を形成するJクラブの1つである藤枝は、日本代表キャプテン長谷部誠も輩出した藤枝東高校がある土地柄だ。サッカー熱も清水や磐田のそれに負けず劣らず。ましてや藤枝にとってはホーム最終戦。意地でも勝ちたい思いが強いのは、ホームチームも同じだった。

 



開始直後から激しい球際の攻防の応酬に試合はヒートアップ。エースの鈴木孝司がドリブルで進撃すれば、相手も必死のディフェンスで食らいついてくる。前半は藤枝ゴールを割れずに0-0で折り返す。長野戦の途中経過も気になるが、スタジアムに詰めかけたサポーターは、ゼルビアの勝利なくして切り拓けない逆転進出を果たすため、長野戦の途中経過をシャットアウトし、声を枯らし続けていた人も少なくない。

 



迎えた後半。ますます藤枝ゴールに向かう攻勢が強まる町田イレブン。そして68分、均衡が破れた。

 



右サイドで得た直接FKの場面。FKスポットに構えるのは、直接FKの名手、鈴木崇文だ。ゼルビアに関わる全ての人の思いを載せた直接FK---。崇文のFKは藤枝の大石治寿によるブロックをはね除けて藤枝ゴールに吸い込まれた。地鳴りのような歓声が沸き起こるゴール裏。ゴールを決めた主役は、ベンチメンバーも含めたゼルビアの選手たちに、揉みくちゃにされていた。

 



試合は崇文が奪った“虎の子”の1点を守り切り、1-0でゼルビアが制した。けれども・・・。人事を尽くし、天命を待った選手たちの下に吉報は届かなかった。

試合後、サポーターの下へ向かう途中、守護神の修行智仁は無念の表情を隠せず、ディフェンスリーダーの深津康太の目には涙が滲んでいた。そして木島徹也は、泣き崩れる若手選手を優しい抱擁で抱き締めた。

 



最終節を勝利で飾った選手たちを出迎えるサポーターも、号泣で言葉にならない。勝って嬉しいはずの勝利のラインダンスが物悲しかったのは、入れ替え戦まであと一歩届かないというシーズンの結末ゆえ、だろう。左腕にキャプテンマークを巻き、ゼルビアでの1年目を終えた李漢宰は、ラインダンスの列の左端にいた。


「ホームのような雰囲気を作ってくれたサポーターの前で勝ったにもかかわらず、みんなで涙したあの日の記憶。勝って勝利の雄叫びをあげるのではなくて、ラインダンスをしながら泣いているという悔しさを絶対に忘れちゃいけないと思いました」

 



ピッチでの悔しさは、ピッチでしか晴らせない---。2014年11月23日。あの日、藤枝で流した悔し涙は翌年、大分でのうれし涙へとつながっていく。


【著者プロフィール】
郡司聡:千葉県出身。編集者・ライター。サッカー新聞「エルゴラッソ」や「サッカーダイジェスト」などに寄稿。Webサイト『ゼルビアTimes』編集長も務める。ゼルビア初取材は2010年の天皇杯3回戦アルビレックス新潟戦で12年から定点観測中。