おはようございますニコニコユイです。



チョコレート嚢胞の開腹手術をしたとき、左の卵巣が7センチ、右の卵巣が3センチだったので、ちょうど妊娠して胎嚢が何センチかとか言ってる時と同じくらいだったのかとふと考えていました。



若干下腹部が出ていましたが、あの時も相当卵巣パンパンだったんだなぁと。。






卵巣捻転した時

かれこれもう12年前の23歳の時。



当時、卵巣のう腫茎捻転した時は本当に痛かったです。



経験したことのない強い痛みで、息ができなくなり、過呼吸で手が硬直して冷たくなりました。



意識朦朧として、痛みで喋ることも出来ませんでした。



目も開けれないし、息をするだけで精一杯。



あともう少し痛かったら意識を失っていたような気がします。



しばらくするとだんだんと痛みが治まってきました。



激痛は治ってはいたもののまだ少し痛みがあったし、あの尋常じゃない痛みはおかしいと思い、2日後くらいに近所の内科に行きました。



昔からある個人のクリニックなのですが、おじいちゃん先生の診断結果、便秘だと言われました。



エコーをするわけでもなく話を聞いただけで便秘と言われ、あれは便秘の痛みではないと反論しましたが、便秘でもそのくらい痛くなる場合があると一点張り。



そもそもその時だけ特別便秘とかじゃなかったし、調べて欲しいのに便秘で片付けようとするから、私も割としつこく違うと言いました。



すると、じゃぁ血液検査でもしとく?なんもないと思うけどと言われて採血だけして帰りました。



もちろん結果は異常なし。



そこからは何もなかったので、しばらくそのままで変わらない日常を送っていました。



この時エコーしてたら見つかってたと思いますむかつき






病気が発覚した時

それから1ヶ月以上経ったある日、夜中に背中に痛みを感じるくらいまで胃が痛くなり、トイレで吐きました。



吐くものがなかったので、胃液しか出ませんでしたが、オエオエしすぎたのか、血を吐きました。



朝になってすぐ胃腸科の病院へ。



人生初の胃カメラをしました。



思春期の頃に精神的なものなのかホルモンなのか食べ物を受け付けなくて、毎日毎食吐いていた時期がありました。食べたくても食べられないあの辛さはつわりの状態と少しだけ似ていました。

それで慣れていたのか、胃カメラ中一度もオエッとなることなくよだれも出ず、看護師さんに本当に胃カメラ初めて?と褒められました。

コツはとにかく力を抜いてボーッとすること。笑



先生は胃の組織を採取して検査したかったみたいですが、胃の表面がツルツル滑って組織を取ることが出来ませんでした。



画面を見ていたのですが、本当に粘膜?がかたくてツルツルで先っぽの掴む器具を弾いていました。



その後、看護師さんにエコーをしてもらっている時、胃の下の方まで見てくれて、お腹も見てくれました。



すると、お腹痛くなったことない?と言われたので、1ヶ月半くらい前にすごく痛くなって病院に行ったけど便秘って言われましたと答えました。



念入りに見ていたので、やっぱり便秘じゃなかったんだなと思いました。



そして、婦人科を受診してくださいと言われました。



その後の先生の診察では、胃の検査結果は好酸球性胃炎と言われました。



あまり症例を見たことないから自分に経過観察させてほしいとすごく目をキラキラさせながら言われましたが、その胃炎はそれっきり治りました。笑



そして先生からも婦人科を受診するように言われたので、すぐ婦人科のある病院に行きました。








婦人科を受診した時

婦人科で検査し、診察で先生からお腹痛かった時すごく痛かったでしょ?あれは救急車呼んだり意識失うくらい本当に痛いんだよと言われました。



そして手術が必要ですと言われました。




病名は、子宮内膜症卵巣嚢腫、別名チョコレート嚢胞。



瞬時に一生子供ができなくなるのかと心配しましたが、悪い部分だけ取るので排卵もするし妊娠もできるからと言われて安心したのを覚えています。



まだ若かったからなのか、お母さんを連れてきてと言われて、後日母と一緒に手術についての話を聞きました。



先生が悪性だった場合は開腹手術の方がいいと言っていたのと、ついでに右も取りますか?と聞かれたので、どうせ開腹するしきれいに治したほうがいいのかと思い、両方手術することにしました。



今思えばセカンドオピニオンをしておけば良かったなと思うし、7センチだった左だけを腹腔鏡手術して、3センチだった右は飲み薬で治せたのかなとも思います。

※5センチを超えると薬では治せないので手術と言われました。



けれど、不妊治療ですが妊娠できたし、再発も一度もしていないので、結果良かったのかなと思います。



単に結婚が遅くなったので年齢も原因にあるとは思いますが、AMH自体は実年齢+8歳でした。



右の卵巣から採卵できて、左は徐々に取れなくなっていたので、リミットが迫っているのをヒシヒシと感じました。



AMHは低くても卵子の年齢は比例していないことから、結婚前から受精卵凍結をしようと早く不妊治療を始めることにしました。







手術した時

手術前日に緊張で目眩を起こしたからかわかりませんが、当日は手術前に看護師さんにボーッとする筋肉注射を打たれました。



手術の前に人生初のカンチョーをされて、ギリギリまで我慢しすぎてトイレで貧血起こしました。笑



手術室に入ってからまず背中に麻酔用のチューブを入れました。



その後手首の点滴から全身麻酔を入れて、マスクをして数を数える予定が、腕から冷たい麻酔が肩らへんまできた時には意識がなくなりました。



目が覚めたら、ココはドコ私はダレ状態。

眠っているとは違う感覚でどのくらい時間が経ったかとかもわからないし、状況把握するまでに時間がかかりました。



先生に手術終わりましたよーと声をかけられて、そうだ手術してたんだとわかってから、ベッドのまま病室へ運ばれました。



手術室を出た時に母がいて声をかけてくれたのは覚えていますが、意識は途切れ途切れでした。



次の日まで汗をかきながら高熱で丸一日寝ていたのを覚えています。



足にはエコノミー症候群対策なのか空気で血流を流すものがつけられ、尿は管をつけていたし、背中には麻酔のチューブが入ったままだし、点滴と心電図がついていたので、全身管だらけでした。



お見舞いに来てくれた人の声かけは聞こえるけど、なんの反応もできない状態でした。



術後2日目くらいから意識を取り戻してくると同時に痛みを強く感じ始め、看護師さんに痛かったら自分で麻酔を入れてねと言われました。



背中のチューブにつながっている魚の醤油ケースみたいなものの中に、麻酔が溜まれば自分でピュッと押して入れれるものでした。



一定時間経たないと麻酔が溜まらないので、痛みと麻酔が溜まるのを待つのとで、ひたすら耐えていました。



うろ覚えですが、その後点滴を外されてからは10倍粥から食事を始め、尿カテーテルを外してからはトイレも自分で行くように言われました。



ベッドから起き上がるのですら痛くて出来ないのにトイレまで行けとか鬼だなと思いました。笑



初めは個室で、点滴が外れてからは4人部屋に移動になり、入院期間は10日ほどでした。



お風呂を何日も入れてなかったので、看護士さんに髪と足を洗ってもらった時は、本当に看護士さんが天使に見えました。



退院前には家族がお見舞いに来て笑かしてきて、傷跡が痛いから本気でやめてほしくて、ガチで殴りたくなりました。笑



ちなみに傷は横切りにしてもらったので、ただのお腹のシワにも見えるし、言わなければわからないと思います。







​その後

以前、卵巣手術してもらった病院に行った時、AMHの話をしたら先生は知らないと言っていました。



あくまで病気を治すのが優先で、不妊のことまでは考えてなかったんだなと思います。



実際再発もしてないし、排卵もしてるし、先生からは何も問題ないと言われていました。



なので不妊治療していなかったら、もしかすると自然妊娠もできていたのかもしれません。



ただ、子供は2人以上欲しかったのと、年齢的に早く産むほうがリスクが少ないと思ったので、不妊治療を急ぎました。





あと2ヶ月ちょっとで産まれる予定ですが、陣痛の痛みはあの時と同じくらいなのかなと考えています。



だってあれ以上痛かったら意識失うもん。笑

陣痛で意識失う人はいないと思うのでちょうど同じくらいなのかなと。。



それに呼吸をちゃんとしなかったら過呼吸であぁなるんだろうなとも思います。



ただ、あれが数分間隔でなって何時間も耐えるとなると、本当にしんどいだろうなと思いますが、その後に赤ちゃん誕生という素敵なことが待っているから、達成感はありそうだなと感じていますニコニコ









以上、2011年に卵巣手術した時のお話でした照れ