3・試練そして光
それからは1時間の練習の中で半分はオフェンスの動きの練習、そして半分はゲーム形式で練習を進めた。
ラムズ女子のメンバーの抜ける動きにもだんだん迷いがなくなってきたように思う。
「わからない」と思っている時は、それが永遠に続くように感じるのだけれど、わかり始めたらみるみる動きが良くなっていった。
二つだった選択肢が少しずつ広がっていった。
その頃を見はからってディフェンス練習に取り掛かり始めた。
サユリちゃんと話してゾーンディフェンスを選択した。
まずは逆サイドの絞る動き、そして抜けてくる相手について行く動き、と徐々に約束事をメンバーとも話し合いながら詰めていった。
やはり最初は混乱したものの、ディフェンスに関しては、意外に早く動けるようになっていった。
自分たちでは「まだまだダメ」と思っていたようだが練習相手のDDGはパスの出しどころがなく苦労していた。
そして話し合いながらディフェンス練習を進めることで、チームの雰囲気はかなり良くなり始めていた。
ディフェンス練習の後でアッコが言った「今日の練習は楽しかった。」の言葉に救われたような気がした。
そんな時にGDEX.FCに衝撃が走った。
トミのケガである。
「肩の筋肉を断裂」とのことだった。
時間がない中でのチームリーダーの離脱は少なからずチームに動揺を与えた。
今後もケガ人が出る可能性はある。
しかし、トミの「大丈夫!間に合わせる」との連絡にひと安心だった。
結局、彼女は3回ほど練習を休んだだけで終盤の練習には復帰することができた。
だが、同じような時期に足首を捻挫していたアヅが「練習に参加できていないし間に合いそうもないので辞退します。」と連絡して来た。
きっと彼女は、これ以上決断時期が遅れるとチームに迷惑がかかるとの苦渋の選択であったに違いない。
せっかく一緒に練習してきた仲間を失うのは残念だがしかたない事だった。
トミが復帰した頃に今度はアヤヤが足首を捻挫したようだった。
アヤヤも1回の練習を休んだだけで復帰したものの完治しておらず、右足首に大きな不安を残すことになる。
そんな時、エンジョイとオープンとで登録メンバーが重複してはいけないことが判明したとナカタくんから連絡があった。
ゴレイロのデンデンとパワープレー要員のユウをメンバーから失う事になり、急遽ゴレイロを探さなければならなくなってしまった。
何人かに頼んでみたがいい返事がもらえずにミックスカップでゴレイロとして活躍したヤマショーに「最悪おまえがやってくれよ」と伝えた。
しかし、彼女たちの日頃の練習での頑張りを観てきたヤマショーにはあまりにも責任が重過ぎる。そう感じた俺はアネゴからサユリちゃんにゴレイロを探してもらうように頼んだ。
すると「いいのがいますよ」と簡単に見つかってしまった。
そうしてメンバーに加わる事になったのがケッツンである。
ケッツン参上の日に練習に行くとGDEX.FCの練習前のラムズのエンジョイでボールを蹴るケッツンがいた。
俺はその風貌に驚いた。
ちょっと中年太りのようにお腹が突き出しついでにお尻も突き出している大きな男がそこに立っていたのだ。
「ケツが飛び出てるでしょ?だからケッツン。あれで30歳ですよ。」とサユリちゃん。
「え~?30歳?」と俺。
「びっくりするでしょ?僕よりだいぶ若いっすよ。はははは、けど関西リーグでも通用するキーパーっすよ。」
俺が「よろしく」と話し掛けると、ぶっきらぼうに「はい」と言ったこの男が、この大会の主役級の活躍をすることをこの時の俺には想像もつかなかった。
ケッツンは学生の頃はサッカーのキーパーだったが、サユリちゃんが一緒にプレーしていたフットサルチームではフィールドプレーヤーだった。
彼のシュートは「ハーフからでも3回に1回はゴールしますよ」とサユリちゃんが言うように、もの凄い威力だった。
フィールドプレーヤーになれるゴレイロ。
失ったデンデンとユウをおぎなって余りある人材だったのである。
たった一人の補充でパワープレーのオプションまで手に入れることになったのだ。
そして、その愛すべき風貌は可憐な乙女たちのゴールを守るゴレイロとして面白いほどにマッチしていたのである。
ケッツンが合流して2回目の練習がGDEX.FC女子チームの最後の練習となった。
練習前のラムズのエンジョイに俺は彼女たちと始めてゲームを楽しんだ。
ずっと膝が痛くて参加していなかったのだけど、彼女たちと一緒にゲームを楽しむのもこれが最後かもしれないと思って参加した。すごく楽しかった。
もっと前から一緒にゲームが出来ていたらよかったのにと後悔した。
最後の練習はパワープレーの練習をした。
ケッツンのシュートは想像以上の威力で相手チームがミックスチームで女子がいる場合は避けようと話した。
そしてパワープレーはどうしてもリスクを負って得点しなければならない時だけにして、後は2ヶ月余りにわたり練習してきた彼女たちに任せたいと思った。
パワープレーの練習が終わりDDGを相手にした最後のゲームの終了数分前に事故が起こった。
DDGのダイがボールに乗って転倒、その巨体が完治していないアヤヤの右足に倒れかかってしまったのだ。
痛がるアヤヤ、心配して集まるメンバー。
アヤヤの足の状態を診れば腫れは少ないものの完治していない足首の同じ部分を再び捻ってしまったようだった。
「絶対4日で治しますよ。ここまで練習してきて、勝ちたいですから」アヤヤは痛みをこらえて笑顔でそう言った。
そしてGDEX.FCに最後の試練が待っていた。
フ~ミンが急遽仕事で参加できないことになってしまったのだ。
社会人である以上、仕事は最優先であるので仕方のないことだ。
彼女もいろんな想いをかかえたまま離脱してしまう事になってしまった。
これで当初7名だった女子メンバーはアヅ、フ~ミンを欠いて5名になってしまった。
しかもアヤヤはケガをしている。
真夏の屋外のフットサル、しかも最大6試合を戦う大会でフィールドプレーヤーがケガ人を含めて5名では絶対に無理だ。
そこでサユリちゃんとカエデを登録メンバーに加えることにした。
サユリちゃんのメンバー入りはアヅが離脱したときから浮上していた。
しかし最後まで一緒に練習してきた女子メンバーの出場機会を減らす事になるので俺は決断を渋っていた。
だがアヅとフ~ミンの2名が離脱しアヤヤがケガをした今、もうそんなことは言っていられない状況だ。
できるだけ女子でやるという方針でサユリちゃんにはメンバーに入ってもらった。
カエデにはアネゴからメンバー入りを頼んでもらった。
彼女は、ずっと練習を手伝ってくれていたのでメンバーとは馴染んでいたし少しは動きも理解していたはずだ。
けれどフットサル経験の浅い彼女には荷が重い決断だったに違いない。
それでも「サブメンバーとしてケガやメンバーの疲労時に役に立てるなら」と了承してくれた。
こうしてGDEX.FC、エンジョイ出場メンバーは、トミ、アヤヤ、マリ、アッコ、エツ、カエデの女子6名と、サユリちゃん、ケッツンを加えた8名に決定したのであった。
メンバーそれぞれのいろんな想いがあった中で一体感が高まりつつあったのは確かな事だった。
光が見えてきた。
決起集会は大会前日の夜だった。
シミズ社長が「どうしても大会前に決起集会がしたい。」と、早めに解散することにしてメンバーに集まってもらった。
アヤヤと待ち合わせて会場に向うまでに、ふたりで少し話をした。
彼女の痛めた足首は不安が残るものの何とか大丈夫そうだった。
特に何でもない話の中で「このチームでやるの楽しいです。明日が楽しみです。」とアヤヤは言った。
最初はたくさんの不安をかかえていたのに「大会の日が楽しみになるまでになったのだな~」と俺は思った。
決起集会で俺は酔っ払ってしまって、エンジョイ出場メンバーに両方の手のひらを輪にして「ギュッとまとまろうな」と連呼していたようだ。
解散してからも、しつこくメールで「ギュッとまとまろうな」と送りつけていたようだ。
たった1日の大会のために2ヶ月余り頑張ってきた彼女たちに何とかいい結果が出るようにと思った。もうこうなったら親心のような感じだ。
そしていよいよ8月5日ローソンカップ・エンジョイの当日を迎えるのだった。