『この世界の片隅に』を観てきたの巻 | バーチャルコンソールクエスト

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圧倒されました。

観た直後の僕は細部までこだわったディティール、その中で活き活きと、実にアニメらしく動き回るキャラクター、そして時折見せる映像表現としての鋭さにただただ圧倒されました。『君の名は。』が大ヒットする中ポスト宮崎駿は細田守か新海誠かという話をTLでちょくちょく見かける日々でありましたがその間するりと抜けて、ポスト高畑勲が爆誕する様を目撃した気分だった。そして帰りの最終バスの中、片渕監督がじゃりん子チエ撮ったら楽しかろうなとかすずさんと周作さん思いのほかレヴィとロックみたいでマイマイ新子やアリーテ姫に続くものとしての感想多く見かけたけど実はブラックラグーンかもしれんぞとかそんなこと色々考えて、その興奮そのままに今体験したことをツイッターでつぶやこうかとかそんな事思ってたけど家に帰り着く頃にはそういう気分ではなくなっていました。

 

舞台は太平洋戦争の中の広島・呉。とするとこれは戦争映画ということになるのか。戦時下にしか起こりえない体験がたくさん綴られていたけど、僕にはかなり身近な事のようにも感じられた。ので、なんか勢いで「映画凄かった。感動した!」と思った先に簡単に言葉にできない思いが渦巻いてしまい少しまとめる時間がいりました。そして4日が過ぎ、なんとなく僕の気持ちが見えてきて、140字内じゃ足らんかったのでここに書き記しておこうと思います。

 

スクリーンの中のすずさんはとても真面目な人でした。僕は真面目には2パターンあると思っていましてひとつは折り目正しくしてないと気が済まないタイプの真面目。もうひとつはなにも取り柄がないので、せめて真面目に頑張ろうとする真面目。すずさんは多分後者、そして僕も後者。ネットの中ではおもしろおかしくいる事を赦されてますが現実はそうもいかんのでとにかくポカしないように真面目にと努めている日々。円形脱毛症になりながらも頑張る。義理のお姉さん怖いけど頑張る。少しでも役に立って居場所作ろうと頑張る。そうして日々頑張ってるすずさんは今を生きる僕ら対して変わらんなと思います。だからすずさんが終戦を迎えて怒りをあらわにするシーンとか、周作さんの想いを素直に受け止められないところとかすごく分かる気がしたのです。ポカしないように日々真面目に努めると言うのはうまくいかない自分に対する小さな怒りと我慢を積み重ねることではないかと思います。ここですぐにやけになって引き蘢ったり、或いは暴力的に振る舞うといった選択肢もありますが、小心者な僕なんかはそんな勇気もなく残念なのは私のせいじゃなかろうかと刃を自分に向け、それをぐさりと刺してしまわないように、せめて真面目に、とさらに自分にブレーキをかけているような日々。まあこんな感じで非常に自己中心的で残念な世界に生きているので周りの思いとかなかなか気付んでのう。ネガティブながらに精一杯生きてると一番堪えるのは不幸ではなくて理不尽。ネガティブシンキングの恐ろしく厄介な事は理不尽と割り切って流してしまえばいい所を身の不幸に変換し溜め込んで乗り切ってしまいがちなところで、ここで不幸のキャパシティを超えた理不尽に出くわすと大体大爆発します。頑張って戦時を生きていたすずさんにとって終戦は限界を超えた理不尽さだったでしょう。周りがどうにか折り合い付けて淡々と切り抜けようとする中「こんなに頑張ってきたのになんだよそれ!」とばかりに怒りを露にしていましたがこれはなんというか明日は我が身、という感じで見ていました。理不尽さはいつも側にありますから。部活頑張ってたのに先輩の不祥事で大会出られなくなったとか、会社が潰れたとか、規模の大小あれど日々理不尽な事ばかりですよね。僕だと最近はそうだなあ、フレンドさんと楽しく利用して遊んでた『いつの間に交換日記』が一部の人の残念な使い方によって配信停止に追い込まれ、欧米では今週の金曜アッパーバージョンがリリースされたのに日本では未だ配信の気配なしとか「ほんとなんだよそれ!こっちはきちんと正しく使ってったのになんだよそれ!」とぶち切れんばかりの怒りと悲しみが込み上げてきてくる……

僕の怒りの矛先の程度の低さはさておき、ネガティブベースの人生ハードモードを選んでしまった僕でも、頑張ってるすずさんを見ているうちに、きちんと目を開けてみれば、日々そんなに悪い事ばかりではないだろうということを思い知らされました。でも生きるってのは難しい。端から見ただけではよう分からんし、ましてや自分自身のことなんかますますもってよう分からん。僕なんか端から見ると奥さんも子供もいる中積みゲーガンガン増やして呑気でええのうと思われてるかもしれませんが、自分でもまあよくこんな状況でいられるなと思ったりもするけど、それはそれとして、小さい頃からあまり体が丈夫でなかったせいか夜眠りにつく前に「目を閉じて、朝冷たくなってたら楽だろうなあ」と思う事今でもちょいちょいあるのでいやほんとに、普通に生きるって難易度高過ぎる。

こんな視野の狭い僕でも「生きててよかったなあ」という瞬間はいくつもあります。この作品に出会えた事もそのひとつ。それも劇場でなんて超ラッキーだった。戦争の最中の物語さったけれどもユーモアに溢れてて、よく笑い、そして素直に泣けた作品でありました。しかしあのディティールはほんと凄かった。それにこうの史代さんのキャラクターがしっかりとした息づかいで生活している様は圧巻。恐るべき執念と完成度です。今年はズートピアとかシン・ゴジラとかお気に入りの作品に出会えてもうこれ以上無いやろと思ってた所にこれです。幸運にもほどがある。出てくる人みな活き活きしてて眩しかったなあ。ひとときたりとも目が離せなかったが不思議と疲れはなかった。観終えた後に希望を貰える、今の世の中も生きるの難易度相当高いけど、も少し頑張ってみようと思える作品でした。すずさんは周作さんに「この世界の片隅に、うちを見つけてありがとう」と言います。僕は残念ながら人に向けてこう言い切る自信が無いなあ。自分でも酷いと思うけど無い。これまでどうにか人も自分も傷つけず生きてこれたのは、マンガやアニメ、そしてビデオゲームがあったから。これは間違いない。だからこれらのモノに対してこういう言い方なら出来る。

「この世界の片隅に、居場所をくれてありがとう」

 

なんかうまく纏まったような気がしている僕ですが、周作さんとすずさんが防空壕でイチャイチャしてるシーン観て「今の車ん中でレヴィがロックにタバコの火もらってるシーンみたいやな」とか「モガの径子さん、バラライカ姐さんの衣装似合いそう」とか色々過去の片渕作品と悪魔合体させてニヤニヤしていたりと映画観た帰りの僕の脳内はなかなか酷い有り様。人間しぶとく生きれるように出来てるのかもしれません。

以上、『この世界の片隅に』を観て色々思ったこと書きなぐるの巻でした。嗚呼、出来る事なら今からでも人生イージーモードにチェンジしたい。自分自身のバカさ加減に涙が出ますがなんとかしぶとく、強く生きようと思います。

とりあえずニンテンドースイッチを手にする所目標に。

ではでは(・ω・)/