篠原です。こんにちは。
突然ですが、「柳生家の家訓」を、ご存知ですか?
そのひとつにこんな言葉があります。
:小才は、縁に逢って縁に気づかず。
:中才は、縁に逢って縁を活かさず。
:大才は、袖触れ合う他生の縁もこれを活かす。
これは、人と人のコミュニケーションのことです。
簡単に言いますと…
:小さい才能の人は、縁(チャンス)が訪れているのに、
それにすら気がつかないでいる。(非常に残念)
:中くらいの才能の人は、縁(チャンス)が訪れているのを
知っているのに、それを掴もうとしない。(無関心すぎる)
:大きい才能の人は、どんなに小さな縁(チャンス)でも
それを逃さずに活かす。(それが自分の為だと分かっている)
…というものです。
これ、「遠慮」と「気遣い」を勘違いしていることで
うまく実行できていないケースがあるんです。
(単なる遠慮を、「自分は気遣いできている」と勘違い)
「今、忙しそうだから、話しかけたら迷惑だろう」とか
「忙しい人だし、自分の話なんか聞いてくれないだろう」とか。
こんな風な感じです。
これは、気遣いではなく、単なる「遠慮」。
自分で勝手に遠慮して、他人との縁(チャンス)を
逃してしまっているのです。
遠慮せず、話せばいいんです。
「お忙しい時に大変申し訳ないのですが」とか
「お返事はお時間のある時で大丈夫ですので」とか、
そういうことを付け足せれば良いのです。
これが「気遣い」です。
「遠慮」の意図を勘違いすると、人生は悪循環します。
遠慮するのではなく、気遣いをする。
これが、もっともコミュニケーションにおいて
大切なことではないでしょうか?
人は、様々な人と様々な会話を
「自発的に行う」ことによって、成長します。
どんな会話でも良いのです。
世間話でも充分です。
家族との会話、同僚との会話、友だちとの会話、
仕事の取引先との会話、苦手な人との会話、など、
色々な場面があります。
「面倒くさい」と逃げ出すのは個人の自由ですが、
逃げ出してはいなくても、「遠慮」ばかりしていては、
結局、何もしていないのと同じなのではと思います。
それなら、相手を「気遣いながら」、
しっかりとコミュニケーションをとったほうが、
人生が実っていくと思うのです。
(もちろん、あくまで、私の主観的意見ですが。^^)
いつか、自分に子どもができたら、親として
このことは、しっかりと教えてあげようと思います。
私自身、遠慮されるのは、大嫌いなんです。
本当に嫌い。
むしろ、「あつかましいくらいの人」の
ほうが、大好きです。
なんだって、自由に意見交換できますからね。
この「意見交換」というのは、人の成長には
絶対に欠かせないと思うからです。

突然ですが、「柳生家の家訓」を、ご存知ですか?
そのひとつにこんな言葉があります。
:小才は、縁に逢って縁に気づかず。
:中才は、縁に逢って縁を活かさず。
:大才は、袖触れ合う他生の縁もこれを活かす。
これは、人と人のコミュニケーションのことです。
簡単に言いますと…
:小さい才能の人は、縁(チャンス)が訪れているのに、
それにすら気がつかないでいる。(非常に残念)
:中くらいの才能の人は、縁(チャンス)が訪れているのを
知っているのに、それを掴もうとしない。(無関心すぎる)
:大きい才能の人は、どんなに小さな縁(チャンス)でも
それを逃さずに活かす。(それが自分の為だと分かっている)
…というものです。
これ、「遠慮」と「気遣い」を勘違いしていることで
うまく実行できていないケースがあるんです。
(単なる遠慮を、「自分は気遣いできている」と勘違い)
「今、忙しそうだから、話しかけたら迷惑だろう」とか
「忙しい人だし、自分の話なんか聞いてくれないだろう」とか。
こんな風な感じです。
これは、気遣いではなく、単なる「遠慮」。
自分で勝手に遠慮して、他人との縁(チャンス)を
逃してしまっているのです。
遠慮せず、話せばいいんです。
「お忙しい時に大変申し訳ないのですが」とか
「お返事はお時間のある時で大丈夫ですので」とか、
そういうことを付け足せれば良いのです。
これが「気遣い」です。
「遠慮」の意図を勘違いすると、人生は悪循環します。
遠慮するのではなく、気遣いをする。
これが、もっともコミュニケーションにおいて
大切なことではないでしょうか?
人は、様々な人と様々な会話を
「自発的に行う」ことによって、成長します。
どんな会話でも良いのです。
世間話でも充分です。
家族との会話、同僚との会話、友だちとの会話、
仕事の取引先との会話、苦手な人との会話、など、
色々な場面があります。
「面倒くさい」と逃げ出すのは個人の自由ですが、
逃げ出してはいなくても、「遠慮」ばかりしていては、
結局、何もしていないのと同じなのではと思います。
それなら、相手を「気遣いながら」、
しっかりとコミュニケーションをとったほうが、
人生が実っていくと思うのです。
(もちろん、あくまで、私の主観的意見ですが。^^)
いつか、自分に子どもができたら、親として
このことは、しっかりと教えてあげようと思います。
私自身、遠慮されるのは、大嫌いなんです。
本当に嫌い。
むしろ、「あつかましいくらいの人」の
ほうが、大好きです。
なんだって、自由に意見交換できますからね。
この「意見交換」というのは、人の成長には
絶対に欠かせないと思うからです。