俺のベトナムでの宝、

会社のスタッフ達、同僚でもあり友人でもあるHiepとTri


そして何よりも誇れる宝、それはフットサルのメンバーとサッカーのメンバー達だ


自分で言うのもどうかと思うが

彼らと仲間になれる日本人は稀だと思う。


同じピッチに欧米人やアフリカ系はちょいちょいいるが

日本人は一度も見たことない


サッカーというコミュニケーションが大事なスポーツで

「価値観の違う外国人」

「言葉が通じない」

こんな奴とプライベートを共にするほど面倒なことはない


更には俺の場合「自己主張が強い」


そんな奴と1度や2度なら良いかもしれないが毎週毎週自分の貴重なプライベートのサッカーの時間を

過ごすってのは理解がないと相当厳しいと思う


参加した当初、サッカーへの理解の違いや主張が異なることが多くお互いイライラした事、多々あった


だが回数を重ねるうちにお互いのいい部分悪い部分を理解出来てきて

あとはユーモアが俺らを結び付けたと思う


俺は仲間に自分を「AJINOMOTO」と呼んでくれという

(味の素はベトナムで一般的に使われてて知らない人はいない日本のスパイスだ)


そうやって言葉が話せない外人の俺が言えばそりゃあ笑ってくれる


今ではプレー中、

「フクダ」、「ウチダ」、「ホンダ」、「アジノモト」と

みんな好き勝手に俺の名前を呼ぶが、こうやっていじってくれるのは仲間として

認められてる証拠だと思う


そんなユーモアを出し始めてからはコミュニケーションは取りやすくなり

恐らく俺もそうだがチームメートは俺を嫌いな人いないと思う


俺はチーム内で自分が平均的なレベルであると自覚しているが

毎試合みんなは期待を込めてスタメン、そしてほとんどの試合をフル出場で使ってくれている


チームは20名近くいながら、更にはみんな同じ金払ってサッカーやっていながら

俺に出場時間を譲ってくれている


そしたら皆の期待に応えないわけにはいかない


「誰よりも走り」「誰よりも声を出して盛り上げ」「仲間の指示は優先する」

そして「審判・相手に喰ってかかる」

それが俺が彼らにできる誠意である



そんな彼らと今日が最後のサッカー、

木曜のフットサル、そして今日のサッカー、

彼らのような心ある奴らとの出会いは多くないことを俺は知っている


だがこの出会いが人を大きくすることも理解している



サッカーの時間はプライベートの時間で

参加する・しない、その決定権は他の誰でもなく自分自身


その自分がみんなと共有する事を選んで集まってるわけで

「ウルルン滞在記」とかテレビタレントが1週間そこそこの滞在で現地の人と涙ながらに分かれる

そんな関係とは訳が違う


もし俺がベトナムにある日本人サッカーチームに俺が参加してたら、

それはそれで面白かったかもしれないが正直ウルルン止まりの感動しかないと思う


彼らとの出会いはそんな安っぽくないのだ



彼らとの出会いがあったから俺は胸を張って帰国できる


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