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Thousands of candles can be lighted from a single candle, and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decreases by being shared.



これは好きな曲です。



力がみなぎってきて高ぶり、そしてスウっと、自分の中心へおさまって行く感じがする。




そんな感じがしてならない。




生で演奏を聴いたら、感動で涙がでるかもしれないな。




とまあ、たまにはそんな音楽を聞きながら




ロシアの文豪ツルゲーネフの言葉を紹介します。





『「明日は、明日こそは」と、 人はそれをなだめる。


この「明日」が、彼を墓場に送り込むその日まで。』






とても大切なことを伝えてくれる言葉です。





明日なんていうものは、触れられないものなんです。


心臓が動いて、血が流れているのは


いつだって「今日」です。




昨日も明日もモノクロで、「今日」という時にだけ世界はカラフルで、躍動しています。




ドクドクと鼓動を感じている今この瞬間こそ生きているということなんです。






今この瞬間、私達の命の炎が燃えています。






この命の炎は、いずれ燃え尽きます。



だからこそ、燃えている今、この時が美しいんです。




夢を叶えるために、一つでも多くの行動を起こし、


一人でも多くの人と幸せを分かち合い、


感動し、喜び、笑い、ときに涙を流し、





自分は生きたんだと、





いよいよ命の炎が尽きるその時に、





胸を張って終わりの時を迎えられるように




今日という日を、





噛み締めるがごとくに、





精一杯の頑張りで生きていきたい!!



そう思っています。



『STAY』 Caravan 歌詞

ここでないという何処かへ 行きたがる人の群れを抜け
僕はここにいようと決めた

目の前のドアを開くたび めくるめく日々は一人旅
少しびびったり 強がってみたり

1,2,3 とか A,B,C とかドレミではないメロディーを
心とか気持ちとか伝えきれない曖昧を

歌うよ 声を枯らし   歌うよ 声の限り

心の波に身を沈めて見上げた水面に映すのは
名前をなくした自分の姿
3つ目を開いてみつめるよ 自分をオリジナルと信じよう

気付かずに決め付けた自分らしさという箱に
気が付けば閉じ込めた下手くそな嘘並べて

書きなぐった胸の落書きや繰り返していた悪あがきは
口に出してみれば シンプル で カラフル で ピースフル
時に迷い込んだ迷路 その先の空に響いた音色
口ずさんでみれば シンプル で カラフル で ピースフル

Shine On Me,Shine On

その目を開けよ ふさいでないで さぁ おいでよ
その手を伸ばせよ 心の声聞かせてよ
その目を開けよ 2つと無いこの世界だよ
その手を伸ばせよ さぁ行こう

さぁ行こう誰も知らない場所まで
歌うよ 声の限り 君に届けって祈ってる
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この歌が好きだ。

辛いときはこれを聴いて、元気だせよ。友よ。
『日本人は桜を好み、西洋人は薔薇を好む』

by新渡戸稲造(武士道)

桜とは美しく散るものであり、薔薇とは花弁を残して枯れるものです。


枯れずに散るとは、なんと潔いことか。


だから桜が好きなんだ!!
ビーフシチューを作ったぞ!
大好物だ。

すね肉、もも肉を料理用の赤ワインでじっくり煮込み、コトコト数時間。

大きめにカットした、たまねぎ、にんじん、じゃがいも、をフライパンに全部いれたら

あふれんばかりに山盛りで炒めづらい状況になったが、まあいいかとそのまま

軽く塩をふって旨味を引き出しながらよく炒め、

途中で、あれ、じゃがいもって炒めるんだっけ?はてな?と思ったけども

再びまあいいやとそのままゴロゴロ炒め。

先に煮込んでた肉がやわらかくなってきたから、炒めた野菜と水と赤ワインを鍋にぶちこんでよく煮込んだ。

もうちょっとビーフがほしくて、途中で細切れのにくじゃが用の牛肉を追加投入。

しばらくコトコトやって、火をとめて市販のビーフシチューのルーを入れて、味を調節。

薄かったので、もう一箱のルーも投入。大量生産してしまった。

最後に、もう一度火をかけてとろみがでるまで軽くコトコト。

火をとめて少し寝かして

味が落ち着いた頃に、食した。

「うますぎる。。」

こりゃあどこのレストランにも負けねえ味だ!!と自画自賛しながら食べたので大満足だった。

今回も男の料理、大成功!万歳!
















私には85歳の父方の祖父がいます。今は隠居ですが以前は庭師でした。

祖父の家の庭は立派なもんです。

祖父は昔から家訓を掲げていました。

『兄弟姉妹はどんなときも助け合い、仲良くすること』です。

親ってのは先に死んでしまうけれども、兄弟姉妹は同じ時代を生きていくことができるから、大切にして最後まで助け合うようにということですね。

それから、祖父は静かな人です。毎日同じ事を日課のように淡々と行うじいさんです。

いつも、仏様と山の神様に感謝し、小さな事を幸せだという人です。

祖父には友人も多く、私が遊びにいくといつも近所の人達が祖父とお茶を飲んでいました。

ですから、祖母が亡くなってからも、一人寂しくて寝込んでしまうことはなかった。
 
そんな私の祖父が先日、調子が悪くて寝込んでいるというので、病院に連れて行ってみると重度の肺炎になっていることがわかり、入院しました。

親戚みんなが、毎晩交代で病室に付き添っています。
祖父は『もう寿命だから薬や治療はしなくていいんだ。人間なんだから、もう十分に生きたら、あとはお迎えが来るまで自然に生きればいいんだ』と言いました。 

そして『家に帰ってやることがある。家に帰らせてくれ』と言うんです。

『帰って何したいの?』
と聞くと、 

『まず目薬さして、味噌汁作って、庭に水まいて、あの木とあの石を片付ける』と言いました。 

『大事にしてたのに何で片付けちゃうの?』と聞くと、自分が死んだ後にあの木は世話が大変だから、迷惑がかからないように、山に返すんだと言いました。

祖父はもう自分の寿命が迫っているとわかったのかもしれません。 

死ぬことを受け入れ、自分が死んだ後に、まだ生きる者達へ迷惑がかからないように片付けまでしようと考える祖父を、

私はさすがじいちゃんだなあと思いました。 

きっとじいちゃんは、毎日を精一杯に悔いなく生き抜いて来たのでしょう。

物質的に多くを望んだ人生なら、いつまでも満たされず、いつまでも生にしがみ付いていまうから死ぬことを恐れることになる。 

でも、じいちゃんは自然の中で、自分の範囲で、幸せを噛みしめて生きてきたんだと思いました。 

そんな祖父が、昨夜寝ごとでこんなことを言ったそうです。

『ん?なんだ、まだなのか。そうかそうか』と。

そして、朝になって
『もう寿命かと思ったけど、ひょっとしたらまだこっちでやることがあるのかもしれねえなあ。もう少し病院でお世話にならせてもらうか。』
と言ったとのこと。 

お年寄りの重度の肺炎は、死に至るケースが非常に多いですが、本人が『今回じゃないのかもしれない』と言っているので、私も少し安心です。


とはいえ、親戚が日本中から続々とお見舞いに集まって来ているので、私もしばらくは福島にいて、祖父のいる病院に顔をだそうと思います。

元気になって欲しい。
祖父が逝くのが、今回じゃありませんように。。祖父に、ひ孫を見せる日が来て欲しい。