祖父が | FBBブログ

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Thousands of candles can be lighted from a single candle, and the life of the candle will not be shortened. Happiness never decreases by being shared.

私には85歳の父方の祖父がいます。今は隠居ですが以前は庭師でした。

祖父の家の庭は立派なもんです。

祖父は昔から家訓を掲げていました。

『兄弟姉妹はどんなときも助け合い、仲良くすること』です。

親ってのは先に死んでしまうけれども、兄弟姉妹は同じ時代を生きていくことができるから、大切にして最後まで助け合うようにということですね。

それから、祖父は静かな人です。毎日同じ事を日課のように淡々と行うじいさんです。

いつも、仏様と山の神様に感謝し、小さな事を幸せだという人です。

祖父には友人も多く、私が遊びにいくといつも近所の人達が祖父とお茶を飲んでいました。

ですから、祖母が亡くなってからも、一人寂しくて寝込んでしまうことはなかった。
 
そんな私の祖父が先日、調子が悪くて寝込んでいるというので、病院に連れて行ってみると重度の肺炎になっていることがわかり、入院しました。

親戚みんなが、毎晩交代で病室に付き添っています。
祖父は『もう寿命だから薬や治療はしなくていいんだ。人間なんだから、もう十分に生きたら、あとはお迎えが来るまで自然に生きればいいんだ』と言いました。 

そして『家に帰ってやることがある。家に帰らせてくれ』と言うんです。

『帰って何したいの?』
と聞くと、 

『まず目薬さして、味噌汁作って、庭に水まいて、あの木とあの石を片付ける』と言いました。 

『大事にしてたのに何で片付けちゃうの?』と聞くと、自分が死んだ後にあの木は世話が大変だから、迷惑がかからないように、山に返すんだと言いました。

祖父はもう自分の寿命が迫っているとわかったのかもしれません。 

死ぬことを受け入れ、自分が死んだ後に、まだ生きる者達へ迷惑がかからないように片付けまでしようと考える祖父を、

私はさすがじいちゃんだなあと思いました。 

きっとじいちゃんは、毎日を精一杯に悔いなく生き抜いて来たのでしょう。

物質的に多くを望んだ人生なら、いつまでも満たされず、いつまでも生にしがみ付いていまうから死ぬことを恐れることになる。 

でも、じいちゃんは自然の中で、自分の範囲で、幸せを噛みしめて生きてきたんだと思いました。 

そんな祖父が、昨夜寝ごとでこんなことを言ったそうです。

『ん?なんだ、まだなのか。そうかそうか』と。

そして、朝になって
『もう寿命かと思ったけど、ひょっとしたらまだこっちでやることがあるのかもしれねえなあ。もう少し病院でお世話にならせてもらうか。』
と言ったとのこと。 

お年寄りの重度の肺炎は、死に至るケースが非常に多いですが、本人が『今回じゃないのかもしれない』と言っているので、私も少し安心です。


とはいえ、親戚が日本中から続々とお見舞いに集まって来ているので、私もしばらくは福島にいて、祖父のいる病院に顔をだそうと思います。

元気になって欲しい。
祖父が逝くのが、今回じゃありませんように。。祖父に、ひ孫を見せる日が来て欲しい。