小学校の体育の授業で初めて学校体育というスポーツをする。でもそこには個人の望み好き嫌いは優先されず絶対参加しなければいけない。
そしてそこで優劣をはっきりつけられる。数字によって、もしくは運動音痴、上手い下手という言葉で…
中学、高校では部活動という理不尽な環境でスポーツを行うことになる。監督、先輩の監視下で…
こんな環境で我々世代(1969年生)はスポーツをしてきた。自分は人より出来る方だったから、まだ良かったけど、部活での理不尽な縛りに、この国の限界を感じた。
スポーツは自分を表現するものだし、ゲーム(試合)を楽しむものだと思うけど、日本では未だ多くの場所で違うことが行われている気がする。(現代社会では教育的価値も大きいと思うけど…。)
小さい頃は友達と楽しいから、明確な目標もなくただひたすらゲームを楽しむ。
歳を重ねるとに、テレビに映るプロ選手に憧れ自分もそうなりたいと真剣に取り組み緊張感ある世界に身を投じる。
プロ選手を目指さない子はゲームを楽しみ続ける。
そして夢を叶えプロ選手になる子、なれなかったけど、競技としてもしくは楽しみとしてプレーを続けるようになる。
そして歳を重ねると結婚し、子供が生まれ子供と一緒にスポーツを楽しむ…その先は老後の楽しみとして友達とスポーツを行う。
これが生涯スポーツの在り方だと思う。どんな取り組み方も正解だと思う。大切なことは自分自身の喜びのためにという考えが根底にあること
自分はスポーツは毎日の生活を人生を豊かなものにしてくれると信じている。そのことを多くの人に実感してほしい
だから頑張るんだ
これが自分の仕事、ライフワークだね
須藤