我慢と忍耐夢 | 素敵な言葉

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久しぶりに葉室頼昭さんのお言葉を紹介させていただきます。
 
葉室さんは形成外科の医者でもあり、2年前に亡くなるまで春日大社の宮司を務められてました。
 
 
「宮司さんのお話」第十五話「我慢と忍耐夢」の中から、一部抜粋して紹介させていただきます。
 
 
 
我慢というのと忍耐というのは全く別のものです。

我慢は自分でやりたくないけれども、ひとから言われ、仕方なくやっているうちに少し辛くなると、

「嫌だな、やりたくないな」と思い辛抱することができずに止めてしまうのです。


我慢と忍耐とは、一見似ているように見えますが全く違い、

我慢には夢がありませんが、忍耐には夢があるのです。

つまり夢をもつことで、どんなに物事が厳しくても忍耐する力が出てくるのです。

(中略)

私が医者になった頃は形成外科というのは日本にはなかったのです。

大学には身体に変形をもった人がいっぱい来ていましたが、その治療する方法がなく、

ただ診察だけを受けて帰っていかれました。

これを見て私は、何とかこういう人を幸せに出来ないかと夢を持って勉強しましたが、

当時は本もなく教えてくれる先生もなく、自分一人で努力するという大変厳しい生活でしたが、

このような患者さんを幸せにしたいという夢をもっておりましたので、

いかなる環境にも耐えて忍耐することができました。


よく、子供の頃から歌が好きで歌手になりたいと、地方から東京に上京したという話を聞きます。

食べるお金がないとか、それは厳しい生活をしているそうですが、

そのつらい生活も歌手になりたいという夢を持っているから忍耐できるのです。


今の子供の教育に一番必要なことは、未来に大きな夢をもたせることだと思います。

夢にもいろいろありますが一番よい夢は、日本人の祖先が伝えてきたように、

自分以外のものを幸せにするという夢です。

人を喜ばせようと思って努力すると、苦しみが苦しみでなくなり、

かえって自分の幸せに変わり、忍耐することができます。


神社で行うお祭りは、自分の願い事を神様に願うのではなく、

神様の素晴らしさを敬い、神様に喜んでいただこうというのが本来のお祭りです。

春日大社は奈良時代からのお祭りをずっと続けておりますが、

それはただ神様をお悦ばせすることだけを行っております。

そのため、千二百年以上も続いているのです。

これが、日本人の真実の人の生き方です。