CIAの工作員であり、ブッシュ一家の友人でもあった文鮮明

 

 

韓国人の文鮮明と、彼の日本人ファシスト仲間である児玉と笹川は、1960年代初頭にKCIA工作員の支援を受けてアジア人民反共同盟を結成した。同盟は、日本の組織犯罪資金と中国の蒋介石総統からの財政支援を受けていたとされる。同盟は、アジア全域でファシストや右翼軍国主義者を結集させ、反共勢力を形成することに尽力した。 

1964年、国際連盟の資金により、文鮮明の自由センターが米国に設立された。児玉は文鮮明の傘下組織である「共産主義に打ち勝つ」の主任顧問を務めた。この組織は、文鮮明の韓国における金融投資を保護するためのパイプ役を担っていた。笹川は「共産主義に打ち勝つ」の会長を務めた。

文鮮明はKCIAと協力し、1965年に初めて米国を訪問し、驚くべきことにドワイト・D・アイゼンハワー元大統領との面会を実現させた。アイゼンハワー元大統領とハリー・S・トルーマン元大統領は、文鮮明が設立した韓国文化自由財団のレターヘッドに署名した。1969年、文鮮明と笹川弘志は共同で自由指導者財団を設立した。これはベトナム戦争を支持する組織で、米国政府へのロビー活動を行った。

1966年、反共連盟は別のファシスト組織である反ボルシェビキ諸国ブロックと合併した。この合併により世界反共連盟(WACL)が誕生した。その後、1980年代には、退役米軍少将ジョン・シングラブが反共連盟の陰から姿を現し、イラン・コントラ事件に巻き込まれた。WACLの議長として、シングラブは傭兵やその他の準軍事組織を動員し、ニカラグアのサンディニスタ政権に対するコントラの反乱を支援した。 

1970年代、文鮮明は、いわゆる「コリアゲート事件」で悪名を馳せた。統一教会の女性信者たちが、ワシントンのヒルトンホテルのスイートルームを借りて、米国の国会議員をもてなし、性的ロビー活動を行いながら、ロビー活動を行った議員に関する機密ファイルを保管していたとして告発された。 米上院は、文鮮明氏が「KCIAによる米国外交政策への影響工作の一環として、米国の政府関係者、ジャーナリスト、その他関係者に対して組織的に賄賂を贈っていた」件について公聴会を開いた。フレイザー報告書は、文氏が「国連でのデモを組織し、親韓国的なプロパガンダ活動を行うためにKCIAから報酬を受け取っていた」ことを記録している。フレイザー報告書の議会調査官は、「我々の判断では、彼ら(統一党員)の主な関心は、少なくとも当時の米国においては、宗教ではなく政治であり、権力、影響力、権威を獲得しようとする試みであった」と述べている。 

1980年のロナルド・レーガン大統領の勝利後、文鮮明の政治的影響力は劇的に増大した。副大統領ジョージ・ブッシュ(元CIA長官)は、レーガン大統領の就任式に文鮮明を招待した。ブッシュと文鮮明は、南米の裏社会の人物と好ましくない繋がりを持っていた。調査報道誌IFによると、1980年、文鮮明の組織は、同地域初の麻薬国家を樹立したボリビアの右派軍事クーデターに協力したという。 

文鮮明は1982年に所得税脱税で有罪判決を受け、1年間アメリカの刑務所で服役した。

1997年、ドナルド・フレイザー下院議員は文鮮明教のカルト教団に対する調査を開始した。444ページに及ぶ議会報告書は、統一教会が贈収賄、銀行詐欺、違法なキックバック、武器販売に関与していたと主張した。報告書は、文鮮明が率いる2万人の信者を擁する統一教会が、韓国中央情報局(KCIA)によって創設されたことを明らかにした。統一教会は、KCIA長官の金鍾酥と協力し、米国の外交政策に影響を与えるための政治的手段として活動していた。第二次世界大戦後、KCIAの設立に主として責任を負っていたのは、米国の中央情報局(CIA)であった。 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The Telegraph: Japan’s eccentric PM may love cockroaches but she’s starting to be seen as a pest 

https://www.telegraph.co.uk/news/2026/08/29/japans-eccentric-prime-minister-cockroaches-sanae-takaichi/

 

日本の風変わりな首相はゴキブリ好きかもしれないが、彼女自身もゴキブリと見なされ始めている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1. CIAの自民党資金援助(1950-60年代)
•  CIAは自民党(前身保守勢力)に秘密資金を注入。目的は日本を「アジアの反共の砦」にし、左派を弱体化させること。
•  米公文書・NYTimesなどで確認(数十億円規模)。岸信介(安倍祖父)、佐藤栄作らが深く関与。

2. 笹川良一・勝共連合(統一教会政治部門)とその本質
•  笹川良一(A級戦犯容疑者→日本財団創設者)はCIA文書で「キングメーカー」とされ、岸信介・児玉誉士夫とともに国際勝共連合日本支部を1968年に設立。
•  勝共連合は自民党タカ派と長年献金・協力関係にあり、特に安倍路線に影響を与えてきた。
•   しかしここが核心 :勝共連合の創始者・文鮮明は自身が北朝鮮で拷問を受けた「反共の象徴」だったはずなのに、1991年に金日成と電撃会談。「兄弟」のように抱擁し、経済協力(平和自動車工場建設など)を進めた。
•  つまり「反共」は日本国内向けの看板で、裏では北朝鮮指導者とビジネスする二重構造だった。

3. 大手メディアも同じネットワーク
•  正力松太郎(読売・日テレ):CIA協力者(コードネーム PODAM)。原子力推進・テレビ網で親米世論形成。
•  緒方竹虎(朝日新聞):CIA協力者(POCAPON)。自民党結党に関与。
•  世界日報:勝共連合・統一教会系出資で創刊。
フジサンケイグループもここの流れ。
だから改憲を推し進めるのは当然です。

要するに:GHQ逆コース(右翼再利用)→ CIA資金・工作 → 岸・笹川・文鮮明ライン(勝共)→ 自民党右派+メディア支配 が、戦後日本の保守構造の骨格になった。

反共の看板で国内を固めつつ、指導者同士は握手してビジネス——この矛盾したネットワークを知った上で、「推し活選挙」で政策(改憲・武器輸出・安保)を決めていいのですか?
一次資料(米公文書館、有馬哲夫『原発・正力・CIA』など)を参照すれば事実があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笹川と児玉のCIAとのつながりは、文鮮明との関係において繰り返し出てくるテーマである。

1997年、ドナルド・フレイザー下院議員は文鮮明のカルト教団に関する調査を開始した。 

 

 


米軍のパイロットのロバート・ローランド(Robert Roland)朴普熙氏とは友人関係にありましたが。ローランド氏は「朴普熙氏の軍事顧問補佐としての職務は韓国とアメリカの情報機関の間の連絡を橋渡しする担当であり、しばしばメリーランドのフォート・メードにある極秘のNSAを訪れていた」と証言しています。
(フレーザー委員会報告書より)

朴普煕は元韓国軍の諜報部員。金鍾泌も同じで、両者の関係は、軍の階級の違いはあっても任務においては同列である。他の三人についてフレーザー委員会の報告書はこう記している。

1950年代末以来の文の支持者の一人韓相国(別名ブド・ハン)は、1961年のクーデターの首謀者でKCIAの創立者である金鍾泌の個人的な補佐となった。

金相仁(スチーブ・キム)は、1961年5月に韓国陸軍から退職し、KCIAに加わり、金鍾泌の通訳となった。彼は1966年に至るまで、引き続いて金鍾泌の親しい個人的側近であった。

1966年に彼はKCIA職員の地位に復帰し、その後メキシコ・シティのKCIA支局長となった。彼(金相仁)は朴普煕の親友で、統一教会の支持者であった。

四人目の韓相吉は、1960年代末には、ワシントンの韓国大使館付武官であった。行政府の諸報告はまた、彼をKCIAと結びつけている

彼の有益性に着目したのは、おそらくKCIAの生みの親である軍の諜報機関CIC(陸軍保安司令部)であろう。1955年7月4日の文の逮捕から10月4日の「無罪」釈放までの三ヶ月間は、密室の中で極めて政治的な取引きがおこなわれたとみられる。そうした取引きの存在をうかがわせるものが文鮮明の釈放後にいくつか浮かびあがってくる。韓国軍の若手の将校、しかも諜報関係のそれが相次ぎこの組織に加入してくるのである。破廉恥な事件をめぐって噂が渦まく問題の組織に、お固い軍人の入会とは、なんとも不自然な取り合わせである。


統一協会に相次ぎ加入してきたその軍人達は四人。一人はのちのアメリカの統一協会の最高責任者であり、また文鮮明に次ぐ統一協会ナンバー2といわれる朴普煕。れっきとしたKCIAの要員といわれている。

他の三人は韓相国、金相仁、韓相吉。全員がのちにKCIAの要職につく人物である。これを明らかにしたのは米下院外交委員会国際機構小委員会、別名フレーザー委員会。1976年から78年末まで、統一協会および韓国政府らによるアメリカでの違法な議会工作を調査した膨大な報告書「韓米関係の調査」のなかである。

報告書はいう。「1950年代末に、四人の英語を話す韓国陸軍の青年将校が、文鮮明のお告げを好意的に受け入れた。のちにこれらの将校はすべて1961年以降の韓国政府との重要なコネを提供することになる」

同報告書は、四人の将校の入会を1950年代末としており、正確な年を書いていないが、1955年7月の文の破廉恥な事件による逮捕のあとであることは確かである。

1961年5月には、よく知られているように朴正煕や金鍾泌ら韓国軍内の諜報部門にいた軍人達を中心にクーデターがおこり、朴軍事政権が出現する。軍事政権の支えは、このクーデターの一ヶ月後に軍の諜報機関であるCICのメンバーを中心に創設された韓国中央情報部、すなわちKCIAであり、その初代長官が金鍾泌であった。この権力の中枢にさきの四人(朴普煕、韓相国、金相仁、韓相吉)が深い関係を持ち、統一協会とKCIA=朴政権を結びつける接着剤の役割を果たすのである。

朴普煕は元韓国軍の諜報部員。金鍾泌も同じで、両者の関係は、軍の階級の違いはあっても任務においては同列である。他の三人についてフレーザー委員会の報告書はこう記している。

「1950年代末以来の文の支持者の一人韓相国(別名ブド・ハン)は、1961年のクーデターの首謀者でKCIAの創立者である金鍾泌の個人的な補佐となった。金相仁(スチーブ・キム)は、1961年5月に韓国陸軍から退職し、KCIAに加わり、金鍾泌の通訳となった。彼は1966年に至るまで、引き続いて金鍾泌の親しい個人的側近であった。1966年に彼はKCIA職員の地位に復帰し、その後メキシコ・シティのKCIA支局長となった。彼(金相仁)は朴普煕の親友で、統一教会の支持者であった。四人目の韓相吉は、1960年代末には、ワシントンの韓国大使館付武官であった。行政府の諸報告はまた、彼をKCIAと結びつけている」

 四人が四人ともKCIAのメンバーであり、かつ50年代末に相次ぎ統一協会に加入してきたのである。この四人をパイプにして「朴政権が権力を確立するにつれて、文は新政権との良好な連絡をもつようになった」とフレーザー委員会報告書は指摘する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして統一教会が人員と共同体を作り、国際勝共連合が反共宣伝、保守政治との接続、選挙運動を担った。

画像は、CIAが保管・公開した1978年のワシントン・ポスト記事です。
文鮮明の側近が、韓国中央情報部の工作員から現金3000ドルを受け取ったと米議会で認めたことを報じています。
統一教会が単なる宗教団体ではなく、韓国の情報機関と資金的な接点を持ち、国際勝共連合を通じて反共政治を担う政治動員組織でもあったことが示されていると思います。

親米反共国家を作るという、戦後日本の体制設計の中で一本につながっているのだと思います。 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由だと錯覚しながら生きてきた。 
この岸信介が、自民党が、日本の未来を考えているように見せながらも、実のところ、グローバリズムの中で、日本の利益を、明け渡してきたというのは、事実。

国際金融資本とCIAが、 創価学会・統一教会を使って社会を裏支配している。 
これが、今の日本という国の実態。 
巨額な政治献金をして、政治家を傀儡化。 
東京地検・警視庁・公安・国税などの売国官僚に金をバラまいたり、信者を配置したりして圧力機関を支配。

マスコミは電通を通じて圧力をかけたり、会社自体を買収したり、エージェントやカルト信者を送り込んだり、金をバラ撒いたりしてコントロール。 
金で動く権力者達を使って、税金から国の資産から、何から何まで収奪します。 
こうして、権力中枢の腐敗が進んで行く訳です。 

 

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