ティータイム心和むクラシック音楽を聴きませんか -105ページ目

2025年7月京都小さな旅五日目②

鵜飼い(前)の写真のみ。




2025年7月京都小さな旅五日目①

ほぼ一週間過ぎましたが、簡単に写真をアップします。土曜日は炎天下の二日間で体力を消耗したこともあり、のんびり過ごし、日曜日はクレモナさんのバスツアーに参加しました。京都のホテルから阪急で大阪池田に行き、そこからバスで京都に行くというまあ可笑しな一日ですが、バス内の京都案内ムービーが楽しく、勉強になりました。行程は下鴨神社に足つけ神事、嵯峨野で豆腐料理とクレモナさんのライヴ演奏、嵐山で鵜飼い見学で私はそこで途中解散して嵐電で四条大宮のホテルに戻るプラン。

足つけ神事は最終日でしかも日曜日ということと多分猛暑で水浴びしたい人がたくさんいたようで例年にないくらいたくさん参加者がいたようで駐車場満杯でごった返ししてました。




嵯峨野の駐車場から湯豆腐嵯峨野さんまで歩いていると桂川に鵜?↓ピンぼけで全く分からない物体(笑)。

湯豆腐嵯峨野さんで夕食。久しぶりの湯豆腐、美味しかったです(誤解を招かないよう蛇足ですが、私は湯豆腐は龍安寺で食べていて嵯峨野さんは初めてです)。




次に続く。



人生を振り返って

別にもうすぐこの世から退出する意志を反映してはいないけど、今、ある本を読んでいて、私が日本史を中心に7年くらい読んできた本に意外に外れがほとんどなかったのは奇跡に近い幸せであったのだろうと思いますし、クラシック音楽を聴くようになってから約30年に外れの演奏は意外にあまりなかったのも今考えると幸せなことと思います。その分?生身の人間関係は逆にほとんど誰とも気持ちが通ずることはなく、気心が通い合う幸せには巡り逢えなかったと思います。だからこそ、膨大な人間の流れのほんの一しづくしか残っていない書物から定子という人が少なくとも二人の人間と気心を通じることができたことは奇跡に近い幸せだったのだろうと感じます。私には自分自身のそうした気持ちの機微に鈍感な部分がそうした奇跡の邂逅に気付かずいつも掌からこぼしてしまっているんだろうなどと感じますが、三者を天秤に掛けてもどちらかというと幸せに近い人生を辿って歩んで来たんだろうと思います。まあ、本は一つ読むと意外にその人の考え方の柔軟性や思考の偏りや我田引水は伝わるし、いわゆるアカデミズムに縛られず生きることができたことも人間関係の稀薄さという代償を払っても私には合っていたと思います。既に想定より長く生きていて、更に今後いかなる局面に直面するかは分かりませんが、毎日を楽しく過ごしたいと思います(笑)。