「五行大義」の解説本、
「癒しと救いの五行大義」(稲田義行著 現代書林刊)を
読んでいると、五行に関するさまざまな情報があって
大変勉強になります。
(同書に於いて占術に時刻を取り入れるのは
間違っていると、著者の私見が書かれていて、
私は以前、記事で噛み付きましたが(笑))
そんな中、ひとつ不思議に思う箇所がありました。
「扶抑論」についての解説です。
「扶」は助ける、「抑」は抑えるという意味で
五行の関係性を示すものなのですが、
例えば「木」は「火」を生みます。
「木」にとって「火」は子供。
「火」にとって「木」は母。
ここは理解できます。
しかし、その後こう続きます。
「木」にとっての子供の「火」は
「親を助ける存在であり、「扶」で吉」。
そして「火」にとっての母の「木」は
「子供をおさえつける存在なので「抑」で「凶」」。
とされているそうです。
・・・うん?
ここでハタと困ってしまいました。
通常の考え方だと、「木」は「火」を生じるので、
「火」にとって木は有り難い存在。
実際、断易の実占においても、
月日に生じられたりして力の強い「木」が
動爻などで動いている場合、
同じ卦の中の「火」の爻はその影響を受ける事になります。
(その吉凶は占的によって変わりますが)
しかし、上記の論では「火」にとって「木」は
抑え付けてくるので「忌避すべき存在」、
という話しになっています。
なんでしょう、この考え方だと生剋の関係が逆になって
特に断易では判断が大幅に変わってしまう事になります。
(※断易の流派に「扶抑法」という派が存在しますが、
それとは無関係です。念の為)
長い間、純粋な相生、相剋関係で判断した方が
実効性があるとされていますし、私もそう思います。
日本に於いても、教科書的な位置づけにあったと
考えられる「五行大義」に記載されておりながらも、
現代であまり重要視されていない、という
この「五行大義の「扶抑論」」は、
やはり実占に組み込む事に矛盾を生じるので
捨てられてしまった考えなのでしょうか・・・?
古典に書かれている事が必ずしも絶対的ではない、
という事を物語っているのかも知れませんね。
関連性は皆無だと思いますが、
風水の古典、「曽文辿」(854~916)の著した
「青嚢序」の最後に記された一節をちょっと思い出しました。
「蓋因一行擾外國,遂把五行顛倒編;
以訛傳訛竟不明,所以禍福為胡亂.」
「一行禅師が外国を乱す為に、
五行の順番などを逆さまにして広めた。
その間違った教えは意外にも不明で、
だから禍福はでたらめである」
他の国に風水の真伝が伝わるのを恐れた皇帝が、
時の非常なる名士であった「一行」(687~727)に命じて
風水の教えだったり、五行の順番などを組み替えて
わざと偽の教えを作らせて
他の国に広めた、とされる話しです。
曽文辿は、「その間違った教えが
どういうものだったのかわからない」
と言っており、その時代ですでに伝わっていないもの
だったようです。
そして最後に「だから禍福はでたらめである」
と、意味深な事を述べていますね。
「救貧先生」と呼ばれた風水の大明師、楊筠松(834~900)の
実力ある弟子、曽文辿ですから、
真の風水を扱えたであろう事と思いますが、
この最後の言葉には、
ある種の警句のようなものを感じます。
とにもかくにも、五行大義の扶抑論は
なんとも不思議です。