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星詠みの庭

東洋占術を中心にしたブログです

約12年前、自分の西洋占星術のホロスコープの

いわゆるトランジット法では、

誕生図の天王星の真上に木星が重なり合う時期でした。

 

そして12年経った現在、木星が一周巡って

また天王星の上にやって来ました。

 

他にも重なる星があるので、その辺との組み合わせなども

あるのかも知れませんが、

約12年前と今現在で共通している事は、

 

「占術方面の面識が増えた」

 

という事です。

 

自分は本業を持っているので

占術をメインの商売にしているわけでもなく、

基本、独学中心でサークルなどに

参加する事もないのですが、

不思議とその時期は占術方面の知り合いが増えるんです。

 

それは楽しみを与えてくれるところではあるのですが、

もうひとつ大きな特徴として、

 

「ある時期を過ぎると縁がなくなる」

 

という事もあげられます。

 

つまり、12年前に知り合いになった方達とは

今現在、まったく連絡を取っていない状況。

縁がなくなった、と言っても良いかも知れません。

 

それにはいろいろと事情があったんですけどね。

自然に縁がなくなったり、袂を分かったり。

 

「拡大させる」という「木星」の作用が終わる時、

今回もまた同じ運命を繰り返すのかも知れません。

 

人の縁、そして星の巡りとは不思議なものです。

 

「断易原典」に記載されている、

断易による、とある「おまじない」を行おうと、

卦を立てることが時々あります。

 

重要なのは「子孫爻」です。

 

しかしこれが、なかなか難しいんですよね。

 

何が難しい、というと、

おまじないの為の卦を立てても、

肝心の「子孫爻」の状態が良くない事が多いんです。

 

月日に剋されていたり、空亡であったり・・・。

 

易の神様がいるのだとすると、

そのタイミングでは許してもらえないのだろうな、

と思ったりします(笑)

 

実際は状態なんか考えなくても

良いのかも知れませんけどね。

 

効果を確かめるために実験で行っている側面が

あるのですが、良い状態の子孫爻が

なかなか現われないので、あまり実験は進んでいません(笑)

 

本日も以下の卦。

 

「子孫爻」が無気の状態。

でも、「妻財爻」が月日と同じ「金行」でかなり強く、

「兄弟爻」も無気で午火は空亡なので、財運的には

面白いかな、と思ったのですが、

かわりに「水行」の「官鬼爻」が月日に生じられて強い・・・。

 

「官鬼」はトラブル病気をあらわす他にも

仕事名誉とかの意味もありますので、

「財運」にフォーカスすると、「仕事面」が強くなるかな、

という事は考えられなくもないです。

 

しかし、所詮「おまじない」なので、

肝心の「子孫爻」無気では話しになりません。

官鬼爻の強さも、何か不気味(笑)

勾陳が付いているので土地の神様を

怒らせちゃったりするかもね(笑)

 

今回も見送る事にしました。

 

 

最近、子平八字(四柱推命)について、

またいろいろと本をひっくり返して反芻しています。

 

最大の難関、と言いますか

いまだにその見解が統一されていない要素に

「格の決定」があります。

 

子平の大きな特徴をおおざっぱに

ひと言で言いますと

 

「その人にとって良い五行悪い五行を見分ける」

 

という事になります。

 

その良し悪しを決めるためにいくつかのグループを作って、

その人がどのグループに所属するか、を

判断して行くんですね。

 

そこで問題なのが、

そのグループの決め方が、流派や手法の違いで

いくつか存在する事です。

 

この流派では、この人はこの五行が良いけど、

違うやり方では、それは悪い五行になる。

 

と、いう結果を招いてしまう事がしばしばです。

 

 

その辺を考えているうちに、重要な事を思い出しました。

 

子平の命式を作ってそこからいろいろ判断し、

この人はこういう格で、良い五行、悪い五行は

かくかくしかじかで・・・。

 

これを「審命」と言います。

 

しかし、そこまでやって、実はやっと50%だと言われます。

 

もうひとつ重要なのが占う人の実際の情報です。

 

どの時期に何があって、この時期は良かった。

あるいは悪かった。

などの過去の情報です。

当たり前と言えば当たり前かも知れませんね。

 

 

これを「審事」と言います。

 

もちろん、「審命」だけでも、過去の状況を

割り出す事は可能ですが、

最初に述べたように「格」の決め方に

諸説あるので「あたり」をつける事はできそうですが、

それだけではやはり不安が残ります。

 

よく、「黙って座ればピタリとあたる」的な言葉がありますが、

子平は霊能力や超能力などは一切関係ありません。

卜占では、そういうのは格好いいですけどね(笑)

 

そういう能力を持っていれば、あるいは

そういうふうに見せかけたい、というのなら別ですが、

「事実」を元に、地味に命式と事象を

すり合わせて行く姿は、

医者が患者の病気の原因を突き止めたり、

はたまた刑事が物証や聞き込み情報を元に

事件を突き止めたりする様子に

似ているのかも知れません。

 

悲しいかな、占術は、その全てとまでは言いませんが

スピリチュアル方面と混同して認識されている事が

多いような気がして残念です。

 

 

話しを戻しまして、「審事」で問題があるとすると、

産まれたばかりの子供の命でしょうか。

 

当然ながら、人生のゼロ地点ですから、

情報が全く無い事になります。

 

わかりやすい命式ならば良いのですが、

ブレが生じる場合は複数のシナリオを用意する事も

ひとつの手だと思います。

 

 

いずれにせよ、この「審命」「審事」の二つをしっかり行い、

巡り来る五行の良し悪しを把握し、

人生に活かすのが、子平の目的のひとつだと言えそうです。

 

 

だいぶ更新が滞ってしまいました。

なんかいろいろと実験をしてる成果なのか

お蔭様で仕事なども忙しく、

占術方面はまたインプットが進んでいます。

 

そのかわり鑑定は少し停滞していますね。

時間で細かく区切って鑑定するスタイルは

あまり性に合わないのかも知れません。

その辺はちょっと考え中。

 

ちょっとブログが停滞していたのも、

いろんな占術家のブログを読んだりして

思うところあったのも原因です。

 

少し前に、とある先生のブログで、

芸能関係で思いっきり間違ってる箇所があって

コメントで指摘したのですが、スルーしたうえに

いまだに修正も何もせずに記事はそのままで、

がっかりしてしまいましたね。

その先生に習ってみようかな、という気持ちも

失せてしまいました(笑)

 

また、愛知方面で紫微斗数を教えているとある女性も、

強気な事をけっこう書いている割には

間違った太極図を堂々と載せていてがっかりしたり。

 

そういえばちょっと前にも、

日本の戦国武将などが使用した占術などを

教えてらっしゃる先生の所に

会費を払って会員の登録をした事がありました。

まもなく

「ページをリニューアルし、今後一ヶ月かけて移行します」

というアナウンスがありましたが、

その当日には何故か

もう会員ページには入れなくなっていて(笑)

連絡しようと思っていたんですけど、

その先生のツイッターを拝見していたら、

約8割くらい行くんじゃないか、という勢いで

自分の自慢、俺すごいでしょ。的な

ツイートばかりで段々とげんなりして来まして(笑)

すっかりヤル気が失せました。

 

品行方正なブログばかりでは味気ないのは

確かですが、ブログはやはりご本人の

本質が確実に見えます。

その人の本心ではないブログは続かないと思うので

(中にはキャラに徹している方もいるかも知れませんが)

自分が習ってみよう、と思う先生がブログや

SNSをやっていたら、一年分くらいは

そのブログなりツイッターなりを追えば、

人となりを把握するには十分ではないでしょうか。

 

もちろん、性格最悪でも持ってる術はすごい、

というケースもあるかも知れませんけどね(笑)

 

こんな事を書いていて、自分のブログもしかり(笑)

気をつけないといけませんね。

 

久し振りの更新なのに毒を吐いてしまいました(笑)

お許しください。

 

今年はもう半分に差し掛かりましたね。

今年、風水理気では、忌むべき凶星数字「五」

南に位置しています。

 

ですので、特に南に玄関があると

トラブルを招きやすい一年になる、と言えます。

月による数字の動向も見ますので、

特に今年は九月に、月の数字でも「五」

南に周り、年の位置と重なり、

かなり注意を必要とする月になると思います。

 

これがもし、玄空飛星法で看た際にも

危険な位置と重なると、かなり悪影響の顕現する

可能性が高まる、と言えますね。

 

 

玄空飛星法は、建物の向きから基軸となる

「座向」の見極めが難しい部分があり、

私の住む家も、実は曖昧な判断のままになっておりました。

 

ところが、去年十二月。トラブルが発生した事により、

ようやく自分の住居の飛星図を把握する事ができました(笑)

 

去年の十二月だと、占術的には年の切り替えは

翌年の二月なので南に「五」が巡る事による

本格的な影響はない、と思っていました。

 

しかし月単位で見ると、「五」が南に入ります。

そして、この南には、仕事で使用する重要なPC等を

置いていました。

 

もしかしたら、年運の南「五」の影響も

出始めていたのかも知れません。

また、のちに確認した所、玄空飛星図でも

悪そうな場所でした。

 

その三つの影響が及んだのか、

重要なマシンがトラブルに見舞われ、仕事に大きく

支障を来たしてしまったのです。

 

なんとか復帰したものの、非常に疲れるトラブルでした・・・。

 

次は九月頃にまた年月で「五」が南に重なります。

また同じ事を繰り返さないように気をつけたいと思います。

 

 

 

そんな事も考えつつ、ちょっと気になった

ある知り合いの家を調べてみたのですが、

幸いに玄関は南から反れていました。

 

しかし、反れてはいるものの、そこでも

南と同じように凶星が巡っている場所なので、

特に九月は油断禁物・・・。

刃物による怪我や、仕事上トラブル、ひどい場合は

詐欺に遭ったり、泥棒盗難なんかの悪い意味も

出ています。

 

知り合いはその対策を素直に聞いてくれるかどうか・・・。

 

自分でも去年十二月にトラブルを経験した事で

わかったのですが、

けっこう、自分の平素の生活が影響して来ますね。

 

今思うと、もっとコマめにメンテナンスをしていれば

避けられたトラブルだったのかも知れません。

 

ですから、大難を小難にとどめるのは、

普段からの行いなのかも知れませんね・・・。

 

知り合いもなるべく平穏無事に過ごせるよう

願う次第です。

 

前回の記事で、私は

 

「古典に記されている事が必ずしも絶対的ではない」

 

という事を書きました。

 

しかし、良く立ち戻ってみると、

「五行大義」は秦の時代~隋の時代の

五行にまつわるいろんな説をまとめたものでした。

 

前回に紹介した「癒しと救いの五行大義」では

序文にこう書かれています。

引用します。

 

(五行大義をまとめた蕭吉が)

帝の寵愛と信頼が厚くなれば、大抵は自分の説を

広めたいと思うものなのだが、蕭吉の『五行大義』は、

陰陽五行に関する記述を整理し、分類し、

これをまとめ上げるにとどまり、彼の考えは

ほとんど見られないのだ。」

 

そして、「五行大義」自体の序文にも、

その蕭吉自身がこう述べているようです。

 

「どうか後世の人々により、私の不足している点を

補っていただきたい」

 

このような精神で書かれたものだったんですね。

 

翻って、前回も書きました扶抑論。

「自分を生じてくれる五行を「凶」」とみなす考え方は、

現代では一般的な解釈として

ほぼ使われていないものだと思います。

 

もしかしたら一般的な使い方ではなくとも、

ある条件化ではその関係が活きてくる、

などの事象が実はあるのかも知れません。

(断易の判断手法の中にもそのようなものがあったりします)

 

それにしても、このように現代でも通用し、

東洋占術の大きな根幹のひとつと言える

「五行」について、約1400年も前の隋の時代に

まとめ上げた蕭吉の功績は計り知れないと

改めて思いました。

 

「古典は絶対的ではない」といった強めの文言を

書いてしまった自分への戒めも含めて。

 

「五行大義」の解説本、

「癒しと救いの五行大義」(稲田義行著 現代書林刊)を

読んでいると、五行に関するさまざまな情報があって

大変勉強になります。

(同書に於いて占術に時刻を取り入れるのは

間違っていると、著者の私見が書かれていて、

私は以前、記事で噛み付きましたが(笑))

 

そんな中、ひとつ不思議に思う箇所がありました。

 

「扶抑論」についての解説です。

「扶」は助ける、「抑」は抑えるという意味で

五行の関係性を示すものなのですが、

例えば「木」は「火」を生みます。

「木」にとって「火」は子供。

「火」にとって「木」は母。

 

ここは理解できます。

 

しかし、その後こう続きます。

 

「木」にとっての子供の「火」は

「親を助ける存在であり、「扶」で」。

 

そして「火」にとっての母の「木」は

「子供をおさえつける存在なので「抑」で「凶」」。

 

とされているそうです。

 

・・・うん?

ここでハタと困ってしまいました。

通常の考え方だと、「木」は「火」を生じるので、

「火」にとって木は有り難い存在。

 

実際、断易の実占においても、

月日に生じられたりして力の強い「木」が

動爻などで動いている場合、

同じ卦の中の「火」の爻はその影響を受ける事になります。

(その吉凶は占的によって変わりますが)

 

しかし、上記の論では「火」にとって「木」は

抑え付けてくるので「忌避すべき存在」

という話しになっています。

 

なんでしょう、この考え方だと生剋の関係が逆になって

特に断易では判断が大幅に変わってしまう事になります。

(※断易の流派に「扶抑法」という派が存在しますが、

それとは無関係です。念の為)

 

 

長い間、純粋な相生、相剋関係で判断した方が

実効性があるとされていますし、私もそう思います。

 

日本に於いても、教科書的な位置づけにあったと

考えられる「五行大義」に記載されておりながらも、

現代であまり重要視されていない、という

この「五行大義の「扶抑論」」は、

やはり実占に組み込む事に矛盾を生じるので

捨てられてしまった考えなのでしょうか・・・?

 

古典に書かれている事が必ずしも絶対的ではない、

という事を物語っているのかも知れませんね。

 

 

関連性は皆無だと思いますが、

風水の古典、「曽文辿」(854~916)の著した

「青嚢序」の最後に記された一節をちょっと思い出しました。

 

「蓋因一行擾外國,遂把五行顛倒編;

以訛傳訛竟不明,所以禍福為胡亂.」

 

「一行禅師が外国を乱す為に、

五行の順番などを逆さまにして広めた。

その間違った教えは意外にも不明で、

だから禍福はでたらめである」

 

他の国に風水の真伝が伝わるのを恐れた皇帝が、

時の非常なる名士であった「一行」(687~727)に命じて

風水の教えだったり、五行の順番などを組み替えて

わざと偽の教えを作らせて

他の国に広めた、とされる話しです。

 

曽文辿は、「その間違った教えが

どういうものだったのかわからない」

と言っており、その時代ですでに伝わっていないもの

だったようです。

 

そして最後に「だから禍福はでたらめである」

と、意味深な事を述べていますね。

 

「救貧先生」と呼ばれた風水の大明師、楊筠松(834~900)の

実力ある弟子、曽文辿ですから、

真の風水を扱えたであろう事と思いますが、

この最後の言葉には、

ある種の警句のようなものを感じます。

 

 

とにもかくにも、五行大義の扶抑論は

なんとも不思議です。

 

奇門遁甲の研究家、黒門氏の著作、

「全伝奇門遁甲」の上巻、下巻二冊を入手。

 

私がこの占術の世界に目覚めたきっかけになった

奇門遁甲ですが、

ここ最近は昔ほどの情熱はなくなっており、

関連書籍に触れるのは久し振りな事でした。

 

奇門遁甲の本来の姿とされる卜占の詳細な使い方が

書かれており、なかなかに興味深かったです。

 

また、下巻では韓国の奇門遁甲についての紹介もあり、

中国のものとは違う内容でかなり独特ですが、

そこに書かれていた盤を作成する際の「飛泊」と呼ばれる

配置方法自体が、一般的なものと若干違っているのには

大変驚きました。

「飛泊」は、遁甲のみならず、九星術、九星気学、

陽宅風水の玄空飛星法、生旺法などの多くの

占術の基礎になっている部分で、

この部分が違っているのを初めて見ました。

 

また、従来のものは「洛書」の理論のみだが、

韓国奇門遁甲は「河図」の理論も備わっている、

という部分も驚きでした。

 

本文を引用すると、

「一説にはこの河図こそが秘伝で、一部の人間にしか

伝承されていないとも、河図の理論は失伝してしまった

と言う人もいます」

 

という事のようで、韓国奇門遁甲にその足跡を

見出せるとしたら、貴重なものであるのかも知れません。

 

 

いずれにせよ、卜占の詳細な使い方が

このように公開され、より研究が進む事は喜ばしい事で、

奇門遁甲のエポックメイキングな著作である、と

言える事と思います。