昨日、大学を卒業した。



新米大学職員ぼんの日記


好きで好きでどうしようもなくて、

やりたいことよりも入ることを優先した大学。


期待通り、

人生で最も濃密な時間を過ごすことが出来た。


時に議論をしては、互いに譲らず喧嘩をし、

時に酒を交わし、あの時は悪かったと仲直りをし、

肩を組んでは大声で校歌と応援歌を唄い。


仰ぐ空はいつでも紺碧で、

見つめる先には常に新しい希望があった。



集り散じて 人は変れど
仰ぐは同じき 理想の光
いざ声そろへて 空もとどろに
われらが母校の 名をばたたへん



校歌の一節だ。

ここは本当にそういう大学だった。

100年以上前に制定された校歌だが、

確かにそのDNAは今でも受け継がれていた。



私はこれからOBとして社会に出ていく。

母校の名に恥じぬよう、理想の光へ向かって突き進んでいこうと強く思う。



最後に、

母校の教授、職員の皆様、

OBOGの皆様、

サークルやゼミの皆様、

お世話になった学生団体の皆様、

温かく受け入れてくれた商店街の皆様

支えてくれた父母。


本当にお世話になりました。

本当にありがとうございました。


2010年3月 ぼん



新米大学職員ぼんの日記

山形に来て2週間、


免許のことでいっぱいかというと、


そうでもない。


確かに最初は半クラッチだとかでいっぱいいっぱいだったけど、


今は運転にも余裕が出てきて、ホテルでは色々考え事が出来るようになった。


その中のひとつが、自分の仕事のこと。



私は来年から、とある学校法人の専門職員として勤務する予定だ。


仕事内容、勤務地、給与など、自分の希望する項目はほぼ満たされていて、


最初はすごく満足だった。今でも何ら不満はない。


だけど、少し引っかかることがある。


それはそもそも、私が卒論のテーマを決定したころから引っかかっていたことなのだ。



詳しくは書けない。許可を取ってないから。



私は、卒論のテーマを決める要因となった、彼のような存在を救いたいと思って学校法人に就職を決めた。


ただ、


それでは、


あまりにも狭いと考えるようになった。


確かに希望を出してその部署につけば、何十人、何百人、何千人は救えるだろう。


何千人も救れえば自分という存在は十分生きる意味があったと思える。



だけど、


未だ踏み入れたことのなかった山形に来てみて、


そこにはまた、別の教育の形を見つけて。


同時にそこでは、別の悩みを抱えている子どもがいて。




都市部の教育格差だけを見ていることがあまりにも小さいなぁと感じるようになった。




そして同時に、


自分はこういった地方の教育についても、


自分という存在がこういった現場を見て働きたいと思うようになった。




この夢を実現させるには、


方法は1つ。


日本全体を見渡して教育というものを見直していくには、


中央に行くしかない。


それがどんなに難しいことか、


どれほどの時間を費やすことになるのかは、


アルバイトを通して見て来ているのでそれなりに理解しているつもりだ。


時間を費やしたところで叶わない可能性だって十分あることだって。




それでも自分という存在がどれだけ国のために、後世のために存在できるのかを考えると、


その道へ進むべきではないのだろうかと思うようになった。



人生をかけた自分の存在の証明。


それが最近、仕事に対して求めている価値のような気がする。

今山形にいます。


理由は免許。社会人になる前に取っておかなければと思い、


ぼっちで山形へきました。寂しい。





今は仮免に無事合格し、路上教習へ出始めたところです。


狭い教習所内に比べたら道も広いし意外と楽勝だ~♪とか思いながら教習を終え、


ホテルに戻ってからめん棒を買いに近くのスーパーへ行きました。


そこで偶然、私の担当教官と出会ったんです。


担当教官は今日は仕事が休みで、子ども2人を連れ夕飯の買出しに来てたみたいです。


「ちゃんと挨拶しなさい」と教官が言うと、


「こんにちはー」と3~4歳の女の子が恥ずかしそうに挨拶してくれ、


自然と笑顔にさせられました。






そっか


だから、教官は厳しく教えてくれるんだ。



この時強くそう感じました。


毎年何万件という交通事故が起こり、多くの人が重傷を負ったり亡くなったりしているのは誰でも知っていることです。


それでも、交通事故は減りません。




事故は、当事者同士だけの問題ではない。


一生消せない痛みを親族、友人、恋人に与えてしまう。




あの笑顔、


きっと教官は誰からも奪われてほしくないと強く思っているんだ。




改めて教習をしっかりやろうと思った出来事でした。


2010年1月16日、


「学問を学ぶ」という点で、私の学生生活は終わった。


最後の課題は15分で自分のやってきたことを伝えるというものだった。


自分の学生生活を、15分ごときで伝えられるはずがない。


15分ごときで伝わるような中身の大学生活を送ってきたわけではない。


学び、語り、楽しみ、発し、ぶつかり、悲しみ、怒り、喜び、泣き。


色々なところへ飛び込んでいき、


色々なものを学んだ4年間。


15分なんて学生生活の10日分も語れない。


すごく、迷った。




私は最後、過去の経験と自分の就職先を絡めて、


自分がこれからどうしていきたいのかということを、


写真とともに泣きそうになりながら語った。



発表を終え、


発表を見に来ていたあるゼミ生の親から、


「感動的な発表をありがとう」と言われた。



違う。




感謝しなければならないのは私のほうだ。


親が子に対して大学へ行かせてやる価値観を抱いていたから、


私は今ここにいられた。


経験をしてきたのは私だが、


その根底を支えてくれているのは親の支援であり親の価値観なのだ。


その子の親も、我が子を大学へ行かせる価値観を持っており、支援してくれているから、


私とその子の関係が生まれ、


学生生活がより濃密なものへとなっていくのである。



だから私は伝えなければならない。


自分の両親に、


お世話になった人すべてに。




私はこれから、人生の中で最も濃密な時間とされる大学生活を支える仕事に就く。


それがすごく幸せなことであると、改めて気付いた。

遅くなりましたが、

新年明けましておめでとうございます。

今年もこんなクソみたいなブログをよろしくお願いします。


年末年始っぽいピグ


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今から東京帰ります。

帰ったらプレゼンの準備とOPED映像作成の企画練りこみやー