三明翔先生の「訴因の特定と訴因変更の要否」(日本法学第80巻第1号2014年6月)を読んだ。
感動で涙がこぼれそうだ。
以前から感じていた違和感。
①本当に実務は識別説(訴因の特定)なのか?
②識別説(訴因の特定)と抽象的防御説(訴因変更の要否)は整合性がとれているのか?
③訴因の特定の問題と訴因変更の問題は、どのように関連しているのか?
上記論文では、これら全ての疑問に答え、かつ、判例の立つ立場を矛盾なく説明できる新説が紹介されていた。
やっぱり若手の学者はいい。
憲法の木村草太先生の違憲概念も素晴らしい。司法試験委員は「法令違憲と適用違憲を書き分けろ」などと馬鹿みたいなこと言ってるが、貴様ら一度、木村草太先生の論文を読んで、違憲概念を勉強し直せ。
中堅だけど、会社法の松井秀征先生もいい。違法性の承継を認めるなら、違法な株主総会で役員選任がされた後、期間満了になっても、訴えの利益は無くならないはずだ。
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こんな時期に、学者の論文読んでるとか…落ちるフラグが半端ねーな。
くそ、俺の方が正しいのに。俺の方が法律を分かってるのに…。
答案の評価は全然良くない。
本当の馬鹿とは、俺みたいな奴のことを言うんだろうな…。
知識や意欲があっても、それを有効活用できない奴…それが本当の馬鹿だ。
例えるなら、いくら僕がフェラーリに乗っても、プレーヤースキルが低すぎるから、軽トラに乗るシューマッハには勝てないという感じだ。
自分としては、「知識や意欲はないけど、それを使うプレーヤースキルが高いから、最後には僕が勝つ。」などと思ってたんだが。勘違いだったようだ。
別に、いいよ。俺ザンギェフで。どーせ勝つし。
別に、いいよ。俺飛車角落ちで。どーせ勝つし。
別に、いいよ。最初の10年間は俺ボンビー引き受けるよ。どーせ勝つし。
人生ハードモードなことに、凄く生き甲斐を感じていた。
ポンコツな自分を上手に操作して、必ず勝利するつもりだった。
なんてことはない。ポンコツな自分を操作するのは、他でもないポンコツな自分だった。
器用に生きたい。
どうすれば良いのだ。
器用な人はどう考えているのだ。
例えば、上記の「訴因の特定と訴因変更の要否」や「法令違憲と適用違憲」や「違法性の承継と役員退職後の訴えの利益」など、従来の通説だとガタガタの理屈になるような場面で、どうするのだ?
論証パターンで、機械的に対応するのか?
まぁ、そうなんだろうな。
僕もそうならねばなるまい。
要領よく生きていかねば。
短期合格してる人は、こんな時期に学者の論文なんて読まない…理屈ばかりコネない…司法試験委員に楯突かない…。
俺は学者になりたい訳じゃない。司法試験に合格したいだけだ。無駄なことはするな。合格に必要な事だけに集中しろ。
ダメだと思うなら修正するしかない。
プレーヤースキルをあげるんだ。
目的達成能力を向上させるんだ。