「パパ、またオルゴールをかけているの?」
美雨が、僕に言った。
部屋には”楽しいひなまつり”のメロディーでオルゴールの音がしていた。
「うん、ひな祭りっていいね。春めいてくるからかなぁ、楽しい気分になるよ。依音が女の子で良かったなぁ」
と依音の初節句にしみじみと僕は言った。
親になった自覚を改めて感じたものだった。
依音の初節句にひな人形を買った。
美雨も、もちろん人形を一揃い持っていたんだけれど、お義母さんの実家(さと)の風習として、お人形は一代限りということで、美雨のものは人形供養に出されたのだった。
「ママも大事にしていたのに、もったいないわよね」
と美雨も残念そうに言っていた。
しかし義母も、やはり縁起物だし、その風習で慣れてきたという親和性というものとの齟齬は避けたかったのだろう。土地が違えば風習も違ったものになるのだけれど。
元来、おひなさまは流しびなで、子どもの厄を代わりに人形がまとい、流されていくというものらしいから、そこからのことらしいけれど。
「でも、あの大きなガラスケースじゃなくなったのは、有難いわよねぇ」
と美雨が言った。
その昔は、七段飾りを飾って部屋の半分がひな壇に占められていたのが、ガラスケースの中にコンパクトに並べられるようになったけれど、人形と別にガラスケースを収納するスペースが必要だったり、ケースの枠がグラグラ不安定だったり、ガラスを割らないか気掛かりだったらしい。
それが今では、ひな壇が収容ケースになるのが嬉しいと美雨が言っている。
月日が経って、真視の五月人形も部屋の広さや引っ越しのことを考えてコンパクトなものにした。
それでも、鎧についてきた刀は、幼稚園児になった真視の体のサイズに丁度良いらしく、美雨の
「キズがつくから止めなさい」
の声をよそに、美雨の目を盗んでは、手に取り、居合よろしく朝から鞘から出しては入れを繰り返し、悦に入っている。
先日も、どうにかしたいと思った美雨は、新聞紙を細く丸めて刀を作ってやったようなのだけれど、見向きもしやしないと嘆いていた。
僕が幼少の頃、亡き父がチャンバラをして遊んでくれたことを思い出して、真視に
「やぁやぁ、ここで会ったが百年目、親の仇覚悟覚悟」とか、
「やぁやぁ、我こそは、日本一の剣豪にて、やれ勝負勝負」
と、うろ覚えの口上を唱えながら、チャンバラをしてみた。
真視はとても喜んで、その日は遊んでくれたのだが、いかんせん、今どきの子どもたちへの受けは悪かったらしく、一日で収束してしまった。結果、
美雨の作った新聞紙の刀は、再び見向きもされなくなり、人形の刀を手にしては鞘から抜き、ゲームの勇者のように前に掲げ出し、ポーズを決めては、鞘に戻すを繰り返している。
「もう、とにかく壊さないでね」
と、あきらめ声で話しかける美雨の声に、
真視は、刀を腰に構えた鞘に収めようと合わせ、スーと入れ、チンと収まったとき鼻は膨らみ、目をきらりと光らせ、顔を上げてニヤリと笑い、ご満悦に浸った顔をこちらに向ける。