普通の日本人へのあたたかい人間讃歌である。第167回直木賞受賞作。5本の短編集。
ベガをはじめ、たくさんの星たちが登場する。それぞれの星座は、夜それを眺めている人の心を投影しつつ、ともかく生きようねと、仰ぎ見る人を励ます。
子どもも、老人も、男も、女も、懸命に生きている。登場人物に悪意など誰もないが、一人として典型的な幸せの中にはいない。描かれる愛の形は、切ないものばかりで、すべて今社会に現実に起こっていることに通奏する。現代日本の鳥瞰図として胸に迫る。
登場人物間の関係性、内面描写が、リアルであり説得力を持ち、作者のあたたかい心根に充ちている。
以下、各章の素描。
<真夜中のアボガド>
双子の妹の突然死(脳内出血)、妹の恋人との双子座を見ながらの辛い会話、妻帯者と知らずに人を愛し辛い別れを味わう。独りで双子座を仰ぎ、どんなことが起こっても生きていかなくちゃと思う主人公が描かれる。救いは一瞬登場するふるさとの母の優しさである。
<銀紙色のアンタレス>
17歳の僕が、夏休み、おばあちゃんの家に行き、近くの海で思い切り泳ぐ。その中で近所の寂しそうな子連れの若いたえさんに恋をする。僕を追って同級生の素敵な朝日が東京から訪ねてくるが、僕は応じられない。おばあちゃんは優しい。アルタイルとアンタレスを間違ったたえさんへの、淡い恋の少し酸っぱい思い出の中、年を重ねていく自分を自覚する。
<真珠星スピカ>
交通事故で母が死に、父と二人で暮らす中一の女の子みちる。ひどいいじめに遭い保健室登校。母はいじめを知っていて優しく見守ってくれている間に死んだ。時に幽霊になって現れてくれるが、現実には近所に住む担任の男性教師や保健室の女性教師に見守られて、みちるはゆっくり回復していく。父と料理をしていて、あわてんぼうだった母がなくした真珠のピアスの片方が出てきた。真珠星スピカだった。父とみちるは少しだけ泣いて、真珠のピアスの歌の話をして励まし合う。
<湿りの海>
離婚して、妻と娘がアメリカに行ってしまった沢渡。寂しい。いつも娘を思い出すが、娘は徐々に英語に慣れていき、母と共に新しいアメリカ人のダディと暮らしている。婚活女性が近づいてくるが、曖昧に対応するうち、同じマンションで暮らす母子と親しくなり、疑似家族のように付き合う。しかしその母は娘を虐待していた。彼女らは夫の元に帰っていき、沢渡はまた独りとなる。題名は、月の表面にある盆地を描いた天文学者の暗い絵である。
<星の隨に>
小学4年の僕が経験する、父母離婚後、父に育てられる寂しさ。新しい母が産んだ可愛い弟、義母は頑張って僕を可愛がってくれるが、心からは受け入れてくれない日々が続く。面接交渉でしか会えない本当の母さん。コロナ禍で苦境にあるカフェ店主の父。健気に振る舞う僕を、優しく見守る同じマンションの住民であるお婆さん。彼女は東京大空襲の絵を描いている。東京空襲の時の星座は炎の熱と熱さでほどけたという彼女の話を聞き、僕は思った。いま雲に隠れている星座は、焼夷弾が降ってこないから、見えない糸でしっかりと結ばれて、星座の形を保っているんだ、僕の家族もきっと同じだと。みんな懸命に生きている。
