死後に経験すると言われる「ライフレビュー」。
人生を終えて肉体を離れたら、ガイド(守護天使、呼び名はそれぞれ)と一緒に終わったばかりの人生を振り返る。と。
よく臨死体験者の中に走馬燈(そうまとう)を視た証言があるのですが、これも一種のライフレビューでしょうか?
よくよく考えてみると、臨死体験をした方ってよく戻って来れましたよね。
もしかしたら臨死体験も人生のタイミングに組み込まれているとか?
あるいは、それぞれの人生に目的を持って生まれてきている中で、目的のゴールまでに、あまりに本筋から離れた生き方をしていたとしたら?
ある意味強引に臨死して、それまでのライフビューを見せられたら、それはその後の人生観が変わる経験になるでしょうね。
・・・すみません、脱線しました。
”臨死体験”ではなく”ライフレビュー”に話を戻します。
私達が「あの世」と呼んでいる世界って、何次元でしたっけ?
5次元?7次元?
ええと、4次元以上は時間が関係してくるのでしたよね。
だから、あの世は時間の感覚が無い世界。
人の一生を全て振り返った所で、時間としては”一瞬”の出来事でしょうか。
造作もないですね。
そう、ライフレビューは「全て」なのかな。
人生で起きた良い事も嫌な事も全て。
自分の言動で他人に影響したこと、また他人から受けた言動について、その時々の感じた自分の感情。
失敗したすげーーー小っ恥ずかしい、あの出来事も。
追体験ができるのですね。(/ω\)イヤン
それでもって、自分側からのレビューだけではなく、影響を与えた相手側からの感情なども、一緒に追体験をするそうです。
だから、「あの時私がああ言った事で、○○さんはどう思ったかな?」と
ずっと気にしたりしていた事も、死後のライフレビューで答え合わせが出来る!!
と、言う事らしいです。
すごい便利なシステムですよね!!
もっと言うと、今世で会った○○さんとの関係を、過去生から振り返ったりもするらしい。
スゴすぎて、鳥肌立ちません?
だって、だって、だって。
生まれてから人生を終えるまで私達は、いったい何百人、何千人、何百万人(←これくらいで済むのかな?)に出逢うんだか!!
途方もないです。
まぁ、そんな大変便利なシステムなんで、
「○○さんとの過去性は見るけど、▲▲さんは見なくても、まぁいっか。」とか。
そこは必要に応じて自由意志で選べるのではないのでしょうか?
だいたいライフレビューの体験の仕方も
・ TVモニターが幾つも並んでいて
・ 映画を見るように
・ ライフレビューの中に入り込み、もう1回体験するかのように
などなど、人によって様々みたいですし。
レビューと言うだけあって、1つ1つの出来事にフォーカスをして、
「この時の学びは○○だったんだ」
「あの時は◇◇すれば良かったのね、失敗しちゃったな」
「痛かったなー」「めっちゃ恥ずかしかった」
「寂しかった」「すごく幸せだった」
とか、あーでもないこーでもないと、ガイドさんと振り返るらしいので
何にフォーカスして何を追体験して何を見直すのかは、
そこは自由意志なのかな?とも思います。
だからと言って、「見たくないものは、見ない」って選択肢はありえないと思いますが。
どんなに辛くて嫌だったことも、そこも含めて人生ですからね。
どんな事にも学びあるから、登場するシチュエーションなのかな?と。
さて、このライフレビュー。
詰まるところは、あの意識の集合体に関係してくると思います。
アナシックレコード、ガイア理論、ソース、宇宙、神・・・・。呼び名はそれぞれの。
みなさんの体験ひとつひとつが、ここに記録されているからこそ、の、ライフレビューなんじゃないでしょうか?
そうなってくると、本当に膨大な記憶媒体(あえて物扱いしました)なんだな、と思います。
「悪い行いをした人は地獄に落ちる」
「良い行いをした人は天国に行ける」
なんて言われていますけど、それをジャッジするのは地獄の閻魔様でしたよね。
閻魔帳とは良く言ったもので、それがあの意識の集合体なのかな?
全てがありのまま記録されているので、どんなに隠したくても隠せないです。
「天国」や「地獄」という概念は、間違いに近いかもしれません。
ジャッジなんてものは無いと考えます。
それでは、誰がジャッジするのか?
他ではない自分です。
そこで、もう一度同じ学びを違う転生でやり直すのかどうか?
途方もない魂の訓練の旅に、また出かけることになるのでしょうか。
人はなぜ何度も生まれ変わるのか。
それは、肉体が無いと経験できない事がたくさんあるから。
わざと波動を落として、肉体の中に入り、何度も修行する。
そこで得た経験が、意識の集合の一部となり、繰り返す。
これは、私達1人1人に任せられた、尊い任務なのです。
取り留めのない話になってしまいましたが、私が言いたかったのは1つです。
私はライフレビューが楽しみです♪