チャイルドケア&中国語&国際結婚ブログ -23ページ目

チャイルドケア&中国語&国際結婚ブログ

上海人のパパ(にに)と6年前に結婚。三人の子育てに奮闘中です!!毎年来日する上海家族のエピソードも含め心に残る記事を随時更新中!!






■彼の包容力。。


ロンロンを見てると、時々、走馬灯のように過去のデータが流れ、

今ロンロンがいるんだな。。と心からしんみりすることがある。



そんな時のロンロンはいつも私に笑いかけ、抱きしめてくれる。

こんな小さな怪獣も時には、たくましく感じる。


これは宝物以外のなにものでもない。
























母から手編みの贈り物が届きました。

私の母は手編みや洋服づくりがすごく得意で、
         私たちが小さい頃はほとんど作ってもらった記憶があります。

同じものを色違いで二着ずつ。

私がピンクで、姉が黄色。

手編みのベストも袖のふちで色分けがされてありました。

        私も多少はできますが、こんなにプロフェッショナルにはできません。

でも練習してきっと子供たちが小学校にいくころには
、手編みのものを着せたいと思います。

私自身母のてづくりセーターはとても暖かく感じて
いまでも思い出として刻まれています。


そして今、母となり思うこと、ありがとうの一言です。

それしかもう言えないです。


ににのご両親にも同じように思います。

今までににを育ててくれてありがとう。


子供ができて感じるわかる、親の心ですね。。。



このセーターを着せて、ロンと友人宅に遊びに行きました。


電車の中で、必ず聞かれます。


「手編みですか?」


みんなが寄ってきて、ロンロンに笑いかけます。


このロンロンの笑顔ふりまきと手編みのパワーは人を寄せ付ける効果があるようです。















みなさん♪


こんにちは!


私たちは今家族で北海道にきています。



うっそでーす。。


こんなに雪すくなくないって??!!


おうちの前の風景です。



先日の雪の日の写真を撮影しました。



ロンロンはうれしそう♪


初めてみる雪だからね♪


生まれてはじめての雪だからね・・・。










うちの母てづくり手編みのカーディガンを着て・・・。

髪の毛についた雪がまたまた可愛い♪



きゃわいい。。ラブラブ!


私の生まれは田舎ですが、雪が降った朝の自転車通勤はみんな不慣れで、同じカーブでみーんなすっごーい

転び方をするんです。


それを見てるだけで、笑いが止まりませんでした。


うちの双子も、必ず転びました。


わたし??


私は賢いので、ちゃんと自転車おりて歩きましたよーーーーー!!(性格わるいですか?)





先週末、またまたににが特製チャーハンを作ってくれました。

うまかった!!!

またよろしくね!!!!!!



PS:


おなかのシャンシャンは八ヶ月に入りました。

毎日お腹をポコポコとけりあげてます♪


ロンロンはまだお兄ちゃんになることを気づいていません。。。べーっだ!




歩いていたら、小さい女の子に聞かれました。


「これなあに?」





これは、ににからもらったお守りです。

翡翠のお守り。



心身共に守られるという意味がこめられているそう。


はずしてはいけないし、かんたんにははずせないサイズです。


中国の子供は小さい頃にはめて、大きくなったらとれないようにするそうですよ。


毎日守られていることに感謝感謝。















ににが頑張って、お休みに水槽掃除しました。


なんと神秘的でしょう。


昔は二人でやってたけど、今はロンロンがいるから、ごめんね!!


みなさまこの画像に合わせて、冬ソナの挿入歌をくちずさんでください。


ロマンチックな気分になりますよ♪



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あの日とは、阪神大震災の事。


私は阪神大震災の被災者です。


ちょうど東灘区のど真ん中で被害にあいました。






本当に地獄でしたよ。(ノω・、)


毎年、この日がくると、思い出します。


阪神大震災のことを。


17日父からメールがきました。


「地震のことおぼえてるか?忘れるなよ!」




そう、あの時は、もえる町並みに真っ赤な空を見上げて、空腹のなか、空に向かって誓いましたよ。


今まで、辛いとおもってきたことは辛くなかったんだな。



お水が飲めて、お布団に入れて、それが本当のしあわせだったんだな。



これからもし、生きていく中で、どんなに辛いことがあっても私は泣きません。


辛いと思いません。



お布団で眠れるのなら。



しかし、喉元すぎれば熱さ忘れるですかね。。


やはり、それから辛いことたーくさんありました。


泣く事もたーくさん。


人間て強くて弱いなあーと涙がでるたびに思ったものです。


そして、毎晩思う。


今日も、一日無事に幸せに終わりました。

よかったね!



そう思える自分になれただけで、よしとしましょう!!











にには外食よりもおうちでご飯食べるのがすき。


おうちのほうが、落ち着くし、おいしいから??みたい。


だから彼の料理も主婦以上。。


それを待つロンロンのふてぶてしいこの態度。。











「おい、料理はまだか!」


ロンロンはなぜか、この画像を見せると、ケラケラ笑います。

ににが料理してる後ろで私たちはケラケラやってました♪

あんがとさん。ににパパ♪またよろしくね!!






毎年、この時期になると思い出す思い出があります。
過去記事からご紹介します。


私がまだ社会人の頃、会社からいつものように帰っていました。

その当時の勤めた場所は赤坂でした。


赤坂と言えば、もうビルビルビル。

ある日の帰り、びっくりするものが目に飛び込んできました



それは、、

小さな小さなおばあちゃんでした

なぜ、びっくりしたかって?


大都会の風情には似合わないくらい昭和初期のにおいを出して、杖をついて、腰は90度まがったままの

おばあちゃんだったからです。


 






小さくて小さくて、可愛くて可愛くて。

歩くスピードはものすごく遅い。

一秒に5cm進む程度の速さでした。


私だけでなく、誰もがそのおばあちゃんを見て立ち止まり、声をかけようとする人や、ひそひそ話す人など

それぞれでした。


次の日も、また次の日もそのおばあちゃんは現れました。

私の中で、そのおばあちゃんの存在はどんどん大きくなりました。


なぜ、こんな大都会に毎日、夕暮れに歩いてるの?


どうして一人なの?


ちゃんと帰れてるの?


その日は少し、心配になり、おばあちゃんの様子を見守ることにしました。


すると同じ地下鉄の階段をおりようとしています。


その階段はたくさんのビジネスマンが下から上がってくるし、とても狭いし、おばあちゃんにとってはとーっても危険なのは見て取れました。


私は思わず、話しかけてました。


「大丈夫ですか?一緒にかえりましょ!!」


その日から私とおばあちゃんは毎日一緒にかえるようになりました。


私一人なら早歩きで10分の電車までの道のりが、おばあちゃんと一緒だと一時間ほどかかるのです。


おばあちゃんと私は手をつないで帰りました。


その一時間の帰り道におばあちゃんの休憩は4箇所に決められています。


まずひとつめは、階段をおりた手すりで休憩。


次は数メートル離れた公衆電話で休憩。


そして改札。そしてエレベーター前。


私たちは休憩をとりながら、毎日、おばあちゃんのむかーしむかしの戦争時代のお話をきかせてもらいながら

帰りました。


「おばあちゃんは、なぜ、毎日ここを歩いてるの?」


「私は赤坂のビルの一角で、まるみ牛乳店を40年やってるんだよ。」


「ずーっと40年間??!!!」


「そうだよ。おばあちゃんは子供が欲しかったんだけどできなくて、三人の養子をもらったんだよ。

でもおじいちゃんが戦争でなくなったから、一人でその三人を育てなければならなかったからね。」


「じゃあ、子供さんは今何歳?」


「もういい年だよ。でもね、今でもすごく可愛いよ。一人はもう亡くなって、今いるのは二人だけどね。」


おばあちゃんは、ロンロンが私の手を握るときと同じように、すがるように、強くにぎりしめてきました。



 



おばあちゃんは40年前の赤坂を見て育ったんです。


その当時は、何もない平地で、まさに赤坂の溜池山王駅あたりは、学校がたっていて、空襲が空から降ってきて、必死に逃げたという話をきき、私は辛くなりました。


それでも、おばあちゃんは、まるみ牛乳店を休むことはなかったそうです。40年間ずっと。


きっと私にはそんなことはできない。。(ノ_・。)


最初みた、小さなおばあちゃんは、その頃には私の中でもう強くたくましい女性に変わっていました。



まるみ牛乳店は私が働いていたビルの、とおりを挟んだすぐ近くにありました。


私はお昼休み、のぞきにいきました。


そしたら、そこは、もう昔の昭和初期の世界


ビルの地下にぼろぼろの看板でまるみ牛乳店と木の看板でかかれてあります。


まわりのお店もレトロな床屋や靴屋がはいっていました。


私はおそるおそる、お店にはいると、またまた中はレトロもレトロ!!


ほとんど商品は置かれておらず、お茶だけが、定期的にメーカーさんが交換しにきている感じでした。


そこの板台の上にまるみおばあちゃんが、ちょっこーんと座ってました。


私の顔をみて、すごーくうれしそうに笑いました。


おばあちゃんの後ろにはぼろぼろの木棚があるんですが、そこにたくさんの紙がはいってました。


おばあちゃんの仕事はなんにもないようです。今はただ座っているだけの、お客さんの来ないお店でした。


私はお茶を買いました。


おばあちゃんは


「まいど!」


とうれしそうに、いいました。


そんな二人の不思議な関係はしばらく続きました。


が、ある日突然、おばあちゃんの姿が消えました。


同じ時間に同じ場所に現れないのです。


私は心配になり、お昼休みにまるみ牛乳店に顔をだすと、、


お店は閉店していました。


(おばあちゃん、もしかして、なくなっちゃったの??)


不安がよぎりました。


次の日また行ってみると、そこには一人の男性が(年配)まるみ牛乳店を片付けていました。


私はその男性におばあちゃんとの関係やいままでのことを簡単に話し、おばあちゃんはどうしたかききました。


するとその男性はどうやら、息子さんであるとのことで、

おばあちゃんは倒れたそうです。


でもお店は続けたいといいはっているそうで、おばあちゃんが入院している間にもう強制的に閉店してるんだよと

いってました。


確かにおばあちゃんにはもう危険かもしれません。


おじさん(息子さんは)私に、お店にあった、埃まみれの鬼のお面をくれました。


「これ、つまらないものだけど。。」


それ以来、おばあちゃんには会えなくなりました。


それでも、今でも大事な思い出として、私の心に残っています。




PS:その頃の私は辛いことが多くて、今を思えば、そんな不思議な出会いたちに支えられていたのではないかと思います。










みなさま 晩上好!


今日は私的(ワタシテキ)中国生活について自由に語ってもいいですか?


私はもちろん日本に住んでいるわけだけど、うちのおうちは多分、小さな中国になっていると思う。



にひひ


たとえば、簡単にいうと、以前ブログで紹介した、ひまわりの種(食用)とかは常時してあるし、中国茶はあるし、


中国の大河ドラマもたーくさんあふれてるし・・・部屋の雰囲気も中国っぽいらしい。(親友曰く)



ロティァーとンナーがいた頃は多分何不自由なく、生活ができたんじゃないかなって思います。


私の中で、中国語は一応これでも毎日意識はしていて、たとえば、BSで中国ドラマがやってるかチェックします。


あと、卓球のあいちゃんがでてる中国語講座BSで毎週金曜にやっているしゃべっチャイナ!

は必ずロンロンと見ます。


それからににが早く帰ってきて、ロンロンが早く寝た日なんかは必ずと言っていいほど、中国語でDVDを見ます。


ににの説明もあり、私も分からないことは質問したりで、結構あれが、聞き流しているようで案外勉強になっているのではないかと期待しています。


でもやはり、ロティァーとンナーがいてくれてた方が、毎日勉強になりました!(来日楽しみ♪)



ににはロンロンには上海語か中国語で最近話すようになってます。


そのなかでもおもしろいのは、中国語の数字で「1.2.3(イー、アール、サン・・)」なんていうのはロンロンには

もう定着しているようです。


隣の部屋へいくときは、


ロンロン自ら


 

 目「1.2.1!!(イー、アー、イ!!アーイ!!)」

と楽しそうに行進していきます。


ロンを呼ぶときは、

「ロン来!」(ロンラーイ)(ロンおいで!)です。


このまえ、ロンロンに


「ズゥズゥは?」(上海語でジュース)


と聞くと、テーブルに置いてあった、ジュース入りの哺乳瓶をとりにいって、飲んでました!!


これにはさすがに母もびっくりしました!


「ロン!謝謝!!」と語りかけると、なにか考えてるようで、「ジェジェ!」なんて頑張るときもあります。


私の中の日本でのこの、中国生活はとても楽しく、かけがえのないものになっています。




PS:にに曰く、もうずっと長い間一緒にいるように感じると言われましたが、私もそう感じるせいか、これがあたりまえの環境になっています。

みなさんもそれぞれ、大切なもの、環境を見つけて生活していると思います。

それを見つけて生活することは、自分の運命も半分、努力もあると思う。

自分の人生に自信をもって生きていくことが大事なのだと私は感じています。












みなさん、これはトトロです。


トトロに見えますか?


間違ってたらトトロファンごめんなさい。(想像でかいたもので。。)m(_ _ )m


何を隠そう、私もジブリ大好き人間なのですけど、、


今回はそれにちなんだ、うちの相棒ににの不思議な質問をご紹介しましょう。



ににニコニコ


「ねえねえ、トトロはホントウニイルンデスカ?」(何故かこういう質問の時は敬語で話しかけてくる)


「まっくろくろすけはホントニイルンデスカ?」(お前が真っ黒黒になってまえ。。( ̄▽+ ̄*))


こんな質問されたら、そりゃねえ、いないじゃおもしろくない。


いるんです!!


(結局私も信じてる!)o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪


人生生きてるうちは夢がないとなにも楽しくない。


でも、まっくろくろすけもすすわたりというものを生き物にたとえてるんでしょ?


トトロだって子供にはみえてるはず!!


といいながら、私バリバリ社会人の頃に、トトロを探す一人旅をしたことがあります。A=´、`=)ゞ


というのは、トトロの木と子供たちに呼ばれて、みんなが学校帰りにその木の下で集っているらしいと


いう情報をつかみまして、行ってきました!



そこは、すっごい大自然のきれいな場所だったんですけど、あったんです!!


トトロの木!


それは大きなけやきの木で、見上げると、トトロが木の枝に座りオカリナを吹いていました!


本当にそうみえるんです。


なぜ?


そのけやきの木の枝にはちょうどトトロの形をしたコブができていて、それが本当にトトロがいるように見えるんです。


神秘的でしたよ!


そしてその周りには子供たちがたわむれてました!


みなさん、トトロを信じますか?

そしてそして、ジブリ作品は好きですか?


今からお昼ねします。。(。-人-。)