毎年、この時期になると思い出す思い出があります。
過去記事からご紹介します。
私がまだ社会人の頃、会社からいつものように帰っていました。
その当時の勤めた場所は赤坂でした。
赤坂と言えば、もうビルビルビル。
ある日の帰り、びっくりするものが目に飛び込んできました。
それは、、
小さな小さなおばあちゃんでした。
なぜ、びっくりしたかって?
大都会の風情には似合わないくらい昭和初期のにおいを出して、杖をついて、腰は90度まがったままの
おばあちゃんだったからです。
小さくて小さくて、可愛くて可愛くて。
歩くスピードはものすごく遅い。
一秒に5cm進む程度の速さでした。
私だけでなく、誰もがそのおばあちゃんを見て立ち止まり、声をかけようとする人や、ひそひそ話す人など
それぞれでした。
次の日も、また次の日もそのおばあちゃんは現れました。
私の中で、そのおばあちゃんの存在はどんどん大きくなりました。
なぜ、こんな大都会に毎日、夕暮れに歩いてるの?
どうして一人なの?
ちゃんと帰れてるの?
その日は少し、心配になり、おばあちゃんの様子を見守ることにしました。
すると同じ地下鉄の階段をおりようとしています。
その階段はたくさんのビジネスマンが下から上がってくるし、とても狭いし、おばあちゃんにとってはとーっても危険なのは見て取れました。
私は思わず、話しかけてました。
「大丈夫ですか?一緒にかえりましょ!!」
その日から私とおばあちゃんは毎日一緒にかえるようになりました。
私一人なら早歩きで10分の電車までの道のりが、おばあちゃんと一緒だと一時間ほどかかるのです。
おばあちゃんと私は手をつないで帰りました。
その一時間の帰り道におばあちゃんの休憩は4箇所に決められています。
まずひとつめは、階段をおりた手すりで休憩。
次は数メートル離れた公衆電話で休憩。
そして改札。そしてエレベーター前。
私たちは休憩をとりながら、毎日、おばあちゃんのむかーしむかしの戦争時代のお話をきかせてもらいながら
帰りました。
「おばあちゃんは、なぜ、毎日ここを歩いてるの?」
「私は赤坂のビルの一角で、まるみ牛乳店を40年やってるんだよ。」
「ずーっと40年間??!!!」
「そうだよ。おばあちゃんは子供が欲しかったんだけどできなくて、三人の養子をもらったんだよ。
でもおじいちゃんが戦争でなくなったから、一人でその三人を育てなければならなかったからね。」
「じゃあ、子供さんは今何歳?」
「もういい年だよ。でもね、今でもすごく可愛いよ。一人はもう亡くなって、今いるのは二人だけどね。」
おばあちゃんは、ロンロンが私の手を握るときと同じように、すがるように、強くにぎりしめてきました。
おばあちゃんは40年前の赤坂を見て育ったんです。
その当時は、何もない平地で、まさに赤坂の溜池山王駅あたりは、学校がたっていて、空襲が空から降ってきて、必死に逃げたという話をきき、私は辛くなりました。
それでも、おばあちゃんは、まるみ牛乳店を休むことはなかったそうです。40年間ずっと。
きっと私にはそんなことはできない。。(ノ_・。)
最初みた、小さなおばあちゃんは、その頃には私の中でもう強くたくましい女性に変わっていました。
まるみ牛乳店は私が働いていたビルの、とおりを挟んだすぐ近くにありました。
私はお昼休み、のぞきにいきました。
そしたら、そこは、もう昔の昭和初期の世界。
ビルの地下にぼろぼろの看板でまるみ牛乳店と木の看板でかかれてあります。
まわりのお店もレトロな床屋や靴屋がはいっていました。
私はおそるおそる、お店にはいると、またまた中はレトロもレトロ!!
ほとんど商品は置かれておらず、お茶だけが、定期的にメーカーさんが交換しにきている感じでした。
そこの板台の上にまるみおばあちゃんが、ちょっこーんと座ってました。
私の顔をみて、すごーくうれしそうに笑いました。
おばあちゃんの後ろにはぼろぼろの木棚があるんですが、そこにたくさんの紙がはいってました。
おばあちゃんの仕事はなんにもないようです。今はただ座っているだけの、お客さんの来ないお店でした。
私はお茶を買いました。
おばあちゃんは
「まいど!」
とうれしそうに、いいました。
そんな二人の不思議な関係はしばらく続きました。
が、ある日突然、おばあちゃんの姿が消えました。
同じ時間に同じ場所に現れないのです。
私は心配になり、お昼休みにまるみ牛乳店に顔をだすと、、
お店は閉店していました。
(おばあちゃん、もしかして、なくなっちゃったの??)
不安がよぎりました。
次の日また行ってみると、そこには一人の男性が(年配)まるみ牛乳店を片付けていました。
私はその男性におばあちゃんとの関係やいままでのことを簡単に話し、おばあちゃんはどうしたかききました。
するとその男性はどうやら、息子さんであるとのことで、
おばあちゃんは倒れたそうです。
でもお店は続けたいといいはっているそうで、おばあちゃんが入院している間にもう強制的に閉店してるんだよと
いってました。
確かにおばあちゃんにはもう危険かもしれません。
おじさん(息子さんは)私に、お店にあった、埃まみれの鬼のお面をくれました。
「これ、つまらないものだけど。。」
それ以来、おばあちゃんには会えなくなりました。
それでも、今でも大事な思い出として、私の心に残っています。
PS:その頃の私は辛いことが多くて、今を思えば、そんな不思議な出会いたちに支えられていたのではないかと思います。

