智積院講堂襖絵完成記念 田渕俊夫展 | FaFooの現実逃避日記

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日本橋高島屋で行なわれている、「智積院講堂襖絵完成記念 田渕俊夫展 」を見に行ってきました。
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京都にある真言宗智山派の総本山、智積院に2008年10月に奉納された、

田渕氏による襖絵が展示されていました。


きっと毎年行っている院展で、田渕氏の絵は見てきたのだと思います。

先日もブログに書きましたが、今年の院展で見た彼が墨で描いたすすきの絵は一際立つ作品で、

それ以来虜となってしまいました。そんな時にちょうど展示会をしていたので

(結構頻度よくやっているようですね)、早速行ってきました。


智積院にある間のテーマにそって、四季を彩る植物を中心に描いた墨絵は、墨絵の枠を

やはり超越していました。墨絵とは、これまで簡素で寒々としたイメージを持っていたのですが、

墨の黒の濃淡と、空間だけから構成される枠になんともいえない優しさが吹き込まれている

ように感じられます。これまで和洋問わず、いろいろな絵を見てきましたが、

これほど柔らかみがあり、温かさを感じられる絵を見たのは初めて、といっても過言ではないと思います。


墨絵なのにも関わらず、ものすごく繊密なデッサンで描かれています。

でも「繊細」さを醸し出してはいない、どちらかというと構図のせいか非常に大胆で堂々としています。

そして、先日見に行ったフェルメールではないですが、光をあびて輝いて生き生きとしている

「生命」が感じられるのです。


それぞれの襖が置かれるお部屋のテーマ(仏教の教え)から、田渕氏が感じ取った

イメージ、そしてそれをさらに思わせる普段自分達が目にする植物や自然風景を題材にして

襖絵を描かれているのですが、その題材の選択理由についてさらりと説明された能書きが

ありました。そこにまた哲学を感じ、さらに唸らされたのでした。


いわゆる「母の優しさ」のような意を持つ「胎蔵」の間では、優しさを想像させる春が選ばれ、

なんと墨絵で枝垂桜と新芽をいっぱいにつけた柳の木がそれぞれふすまいっぱいに

描かれています。「金剛」の間には、厳しい(東京の)夏を想い、その暑さに耐え、

青々とした葉を茂らせる強い生命力を見せる欅(けやき)の木とめだけが、

智慧」の間には、院展で見て大感銘を受けたすすきの絵と、たくさんの柿がなった木、

大悲」の間には苦難から救われるということで、冬が選ばれ厳しい寒さの中、

春に備え休んでいるイメージから雪景色の山が描かれていました。

そして、「不二」の間には、両極端のものでも二つで一つである、という意味から朝陽と夕陽

細かく描かれていました。


何か特別なものでなくてはいけないことなどない。普段自分の周りに何気にあるもの、

こうしたものをちゃんと見つめられればそこに変化があることに気づく、

と語る田渕氏の言葉に同感でした。私も、ベランダでガーデニングを始めてから

今まで見えなかったふとした自然や植物に目がいくようになり、その生長ぶりを楽しめる

ようになりました。何か珍しい、貴重なものよりも、「ふと」そこにあるものに

興味を持ち、感謝し、かわいいと思えるようになるのです。


今回描かれていた題材のものも、すべて普段目にするものばかり。それが

これだけ人に感動を与える源となるのは、その植物が持つ「生」を感じ取って理解

されているからなのでしょう。

日本画とは、心に訴えかける神聖な何かがありますね。心がとても洗われました。

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