食料供給困難事態対策法について考える~世界的に食糧が不足する?~
お米の価格が高騰する中で、農林中央金庫の純損益が1兆4145億円の赤字(2024年4~12月期連結決算)になったことを受けて、その損失補填をするために農協がお米の価格を釣り上げているといった陰謀論がネットではあふれていますが・・・
〇米価を高騰させた利益で農林中金の損失を埋めているのか?
郵政が民営化されたため、特別法の下で農産物や農業資材の販売や集荷施設の運営などの商業と信用事業や共済事業などの金融業を一緒に行う組織は農協のみとなりました。
郵政民営化を機に会社法や銀行法が大改正されて、今では持ち株などを利用して事業会社は金融業に参入できるようになりましたが、もともと「銀商分離」や「銀証分離」は、事業で出た損失や証券業務で発生した損失をお客様から預かっている預貯金などで補填して銀行業務が危険にさらさないように金融業を営む上での基本でした。
※銀商分離:銀行業と商業の分離のこと、事業会社による銀行業への参入に関しては、一定の条件の下で参入を認められているが、銀行による一般事業への参入に関しては、他業禁止規定や「5%ルール」により分離が図られている。
※銀証分離:リスクの高い投資活動(いわゆる証券業、投資銀行業)がもたらす損失により、日常の銀行業務の「公益性」が危険にさらされないよう保護することを目的する。銀証分離は、一つの企業が両方の業務を担うことを禁止することと、企業内の両部門を法的に分離するという二層構造に分解することができる。
郵政省所管の「郵便局」や農水省所管「農協」は、金融や事業で儲けたお金を融通して組織を支えているのに金融庁所管の銀行や証券会社、国交省所管の宅配会社はできないので不公平だという声が一番大きかったように思いますが・・・
それと当時は特別法で保護されていたため膨大な郵貯マネーや農協マネーに手が出せなかったアメリカの金融業界や日本国内のすべての金融機関を監視・監督できていない金融庁の不満も大きかったようです。
しかし、郵政を民営化するためには、事業会社が金融業を営むことができるようにしなければ郵便局が成り立たなかったため、金融庁がしっかり監視・監督をすることを条件に大きな制度改正をして、今では楽天銀行やpaypay銀行など事業会社を親会社とした金融機関ができているのです。
そして、今では農協にも金融庁検査が入るようになって金融庁の監視・監督が及ぶようになっているので先で述べたような陰謀論はあり得ません。
〇お米の価格はどのようにして決まるのか?
1995年(平成7年)に食糧管理制度が廃止されるまで生産者は自家保有量以外を公定価格で農協または一部の指定業者に供出し、政府は米穀配給通帳に基づき消費者へと配給していました。
※以下で述べますが1951年頃から自主流通米の割合が増えて行ったので、配給は消費者段階では有名無実化していた。
戦後の食料不足の中で行われていたのですが、1940年代から1960年代にかけて高収量の品種や化学肥料の大量投入などにより穀物の生産性が向上し、穀物の大量増産を達成した、いわゆる「緑の革命」の影響で、1951年頃から米が大量に余るようになりました。
供給が需要を大きく上回るようになったため、お米の価格が暴落して生産者の経営が悪化したため、国は生産者が困らない値段でお米を買い取り、経済状態が悪い家庭も買える値段で売ったのです。
すると当然政府の赤字は拡大の一途をたどるため、60年代には需給を調整する減反政策が始まったのです。
そして食糧管理制度の目的も薄れてきたため1960年代末頃から生産者が一部のお米を直接販売できるようになりました。政府が売る「政府管理米」に対して、いわゆる「自主流通米」です。
そして1995年に「食糧管理制度」は廃止され「食糧法」が施行されます。
これにより、生産者はお米を自由に販売でき、価格は市場原理に任されることになりました。
それでは、今のお米の価格はどのように決められているのでしょうか?
当初、自主流通米の価格は「自主流通米価格形成センター」で行われる入札によって決められましたが・・・
現在はお米の集荷のおよそ5割を扱うJAグループや経済連が県単位で決める「米の仮渡し金(概算金)」や卸売業者に販売する際の「相対取引価格」が価格の目安になっているのです。
つまり、5年産米までは圧倒的な量を集荷している農協(プライスリーダー※)の決めた概算金の価格で、お米の値段が決まっていたのです。
※プライスリーダー:寡占的な経営が行われている業界では、その業界で物品を販売する場合の価格は、トップの企業が決めた価格がその業界での標準的な価格となる傾向があり、それだけの影響力を持つトップの企業をプライスリーダーと呼ぶ。
概算金は、「多分今年の在庫量と収穫量だとこれくらいになるだろう」という「予想価格」であり、次年産の水稲栽培にかかる経費を捻出するための「前払い金」なのです。
その「概算金」と実際に卸売業者などに販売した「相対取引価格」との差額を、翌年12月頃に精算金として生産者に支払うのです。
農協の擁護をするわけではありませんが・・・
農協で集荷して卸売業者に販売する際は、一定の利用手数料と検査手数料しか取っていないので、「農協がお米を隠して価格を釣り上げている」という陰謀論は全く見当違いなのです。
ちなみに私の地域の農協の6年産の30kg袋あたりの利用手数料は385円、検査手数料は52.8円でした。人件費や運送料、保管料を考えれば安いくらいでしょう。
(参考 こめべディア お米の値段はどう決まる? https://komepedia.jp/rice_price/)
以前から「農協の概算金より高く買います」と言って農家に直接買い取りに来る集荷業者はいましたが・・・
昨年は米不足で7月あたりから店頭のお米が消えるような状態になりました。
それを受けて大阪府の吉村洋文知事が農林水産省に「政府の備蓄米を放出するよう要望」して、坂本哲志農相が「慎重に考えるべきだ」として備蓄米を放出しないと応じました。
今回の価格高騰の一端は、このやり取りだったのではないかと思います。
これが一斉に報道されたため、集荷業者は備蓄米が出ないのであれば、商機だと思ったに違いありません。
まだ吉村知事が要望せずに「もしかしたら備蓄米が出てくるかもしれない」くらいに思わせていた方が、今回の混乱は起こらなかったような気がします。
それに加えて報道やSNSなどで、「農家から直接買えば・・・」といった記事が後押ししたため、このような集荷業者だけではなく、今までは年間契約をせずに余った安いコメをスポットで買っていた外食・中食産業の経営者やスーパーで安いお米を買い求めていた消費者が、一斉に農家や農産物直売所に押し寄せたため農協にお米が集まらなくなってしまったのです。
そして農協の概算金はすでに公表されていたため、それよりも圧倒的に高い価格で買い取っていったのです。
つまり、これまでお米の価格を決めていた農協のプライスリーダーの立場が、一部の集荷業者に移ってしまったのです。
農協は卸売業者などと約束していたお米の数量が集まらないため、あわてて概算金の積み増しなどをしましたが、すでに時は遅く必要なお米の量は集まりませんでした。
卸売業者も外食・中食産業や小売りの業者と年間契約をしているため、必要数量をそろえる必要があり価格が高くてもお米の在庫を持っている集荷業者から買わざるを得ません。
年が明けてそれが一層顕在化したため、価格が高騰し続けているのだと思われます。
〇農協が適正価格で取引をすればよい
このように今まで農協は市場価格を安定化させる一端を担ってきました。
しかし、政府の農業の大規模化政策もあって、これからも農協の集荷率は下がり続けると考えられます。
家族経営の農家であれば、下手に高い乾燥機や籾摺り機などの農業機械を買わなくても、農協のライスセンターやカントリーエレベーターを利用すればよいし、1000万円以下の売上であれば消費税も免除され必要ありません。
最悪、自分たちの人件費が減るだけなので、面倒な交渉事などせずに農協を利用した方が良いと考える人も多いでしょう。
しかし、農業の規模が大きくなれば農業機械は超高額になり、消費税や従業員の給料などを払わなければなりません。
そのため肥料農薬の購入にしてもロットが大きいので安ければ農協以外の業者を利用したり、より高く購入してくれる集荷業者と契約して販売したりと売上をあげなければならないのです。
最近は農協も大規模農業者用の大きなロットの肥料・農薬の販売を始めていますが、それをしなければ大規模農業者の農協離れが加速してしまうからです。
大規模農業者の農協離れが加速すれば、6年産米のようにますますお米の価格は不安定化して高騰する可能性が高いと思います。
農家から見たお米の高騰の実情➂~お米の価格は高いのか~でも述べましたが・・・
今のお米は急騰しているので問題視されていますが、米農家の経営を考えれば、今までが安すぎたのであって今が高すぎるというものではありません。
それではなぜこれだけ安くなっていたのでしょうか。
2000年に大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(大店法)が廃止されて以降、今までの商店街はシャッター街となり、郊外には大規模商業施設が乱立しました。
そして競争が激化して合併吸収を繰り返し、随分と寡占化してきています。
今では圧倒的な力を持ったこのような小売りが、相対取引で安さを求めたためモノの価格は下がり、日本経済がデフレスパイラル※に陥るという一端を担いました。
※デフレスパイラル:物価下落と利益減少が繰り返される深刻な状況。デフレによる物価の下落で企業収益が悪化、人員や賃金が削減され、それに伴って失業の増加、需要の減衰が起こり、さらにデフレが進むという連鎖的な悪循環のこと。
そのような小売りの客寄せパンダの一つが「お米の特売」だったので、お米の安売り競争は激化していました。
米余りのときは、需要を喚起する意味で一定の効果はあったのかもしれません。
しかし、小売り側が強くなりすぎて、採算度外視でお米の取引が行われたため、生産者は疲弊していきました。
それに民主党の農業者戸別所得補償制度によって下がったお米の価格は、自民党により制度が廃止されても上がらず、追い打ちをかけるようなコロナ禍の需要低迷で一層生産者を苦しめました。
第二次産業の工業製品などであれば生産量も調整できるし原材料や人件費などの原価よりも高い価格で販売すれば、よほどの不良在庫を抱えたり人件費高騰などがなければ赤字に陥ることは少ないのですが・・・
農産物の場合は天候などで生産量の調整が難しい上に農協に出荷されたものは市場や業者などとの相対取引で価格が決まってしまうため原価割れでも取引されてしまいます。
それが出荷すればするほど赤字が膨らむような豊作貧乏などの状態を引き起こしているのです。
これを防ぐには豊作や不作による価格の変動はあっても原価割れするような取引をしなければよいのです。
本来、農協は営農指導をしたうえで苗や肥料・農薬、農業機械の販売やライスセンターなどの運営までしているので、お米の原価計算ができる立場なのです。
そして概算金を決定するプライスリーダーの立場なのだから、原価計算をしてそれ以上の価格を決めればよいのです。
入札の予定価格のようなもので、それ以下の価格での取引をしなければよいのです。
そうすれば今のように高騰する価格に対して「いくらが適正価格なのか?」といった問があったとしても、お米の価格の説明もできるのです。
今まで農協は本来向くべき農家の方ではなく強い小売業の方を向いていたため、農家に高い肥料・農薬や農業機械を売りつけて、安くお米を買い叩くという状態になっていました。
だから「誰のための農協なんだ!」と農家からも非難されてきたのです。
寡占市場下では、需要側に圧倒的な市場支配力を持つ小売りがいる場合、それに対抗できるのは供給側で圧倒的な力を持つ農協(プライスメーカー)しかありません。
自民党が直接支払い制度を廃止したときに補助金が減った分を踏まえた適正価格で取引されていれば、今回のように一気に価格が高騰することはなく、また、これほど米農家が疲弊することもなかったはずです。
多分、これまでは「お米の特売」などをするために卸売業者や小売から概算金が高いとコメ離れが起きて在庫がさばききれないから下げるようにと圧力がかかっていたのでしょうが、今回の価格高騰の状況をみれば、それが適正価格だと説明が付けば十分売れることは分かったと思います。
もし、日本が欧米諸国のように貧富の差が開きすぎていて低所得者がその適正価格でも買えないようであれば、買えるような価格に下げたうえで差額を農業者へ直接支払う「直接支払制度」を復活させるか、または食料品の消費税を廃止したうえで低所得者にお米の割引券を配るしかありません。
令和6年5月29日に成立、同6月5日に公布・施行された農政の憲法とも呼ばれる食料・農業・農村基本法は・・・
食料の価格形成において、食料システムの関係者(農業者、食品事業者、消費者等)により、食料の持続的な供給に要する合理的な費用が考慮されるようにしなければならないことを規定(第2条第5項)しています。
今は農協の概算金では利益が出ないため、別の集荷業者などにお米が流れていますが、お米の価格が稲作をするための経費を上回っていて十分な儲けがでるのであれば、面倒な交渉を伴う集荷業者などとの直接取引よりも農協へ出荷する米農家は増えるのではないでしょうか。
6年産米ではプライスリーダーの立場を他の集荷業者に奪われましたが、お米の価格の安定化のためにも農協には適正な概算金価格を決めてほしいものです。
〇農業従事者の高齢化、減少は待ったなし
(参考 食料・農業・農村基本法改正法等に関する地方説明会資料 https://www.maff.go.jp/j/basiclaw/attach/pdf/240709-2-22.pdf)
※「基幹的農業従事者」とは、農業就業⼈⼝のうち、普段仕事として主に⾃営農業に従事している者をいう。
2000年には240万人いた専業の農業従事者は2022年には半減して123万人にまで減少しています。
その農業従事者も1960年には30代が大半だったのですが、新規就農者も後継者もほとんどいないため2020年には70歳以上が大半になってしまいました。
今まさに5年ごとに行われる農林業センサス(悉皆調査)の調査が行われていますが、農業従事者の数は激減しているのではないかと推察されます。
うちの親父は82歳になりますが、70歳を過ぎると農作業は非常にきつくなってくるようで、今では重労働はできずに野菜の荷造りやトラクターなどに乗って作業をするのがやっとです。
それでも最近のトラクターは機能が多すぎて扱いきれておらず傍から見ていても怖いときがあります。
ほとんどの基幹的農業従事者がこの年代というのは・・・農業を再生させるための時間はほとんど残されていないのではないでしょうか。
お米が原価割れをしない適正価格で流通するようになれば、よほどの不作でない限り米農家が赤字になることはありません。
安定して利益が出せるようになれば、新規就農者や後継者も増えるでしょうし、現在の高齢化している農業者も孫に「農業は儲かるからやらないか」といえるのではないでしょうか。
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