聖書は
最初に
アダムとイブの知恵の実の話があって楽園追放
次に
イスラエルの話があって
乳と蜜の流れる地に導かれて
結局
神様の言うことを聞かなくなって
エルサレムを追い出される
で・・・
黙示禄は
正しいユダヤ人だけが救われる話なのだが
正しいユダヤ人がいなかった場合
(例えばパレスチナの子供を餓死させるようなことを国家でするようなら
個人じゃなく国家でだけど
神様が助けに来るとは思えないよねぇ。
逆に神様の加護があるイスラエルをどうにかしようとするなら
旧約聖書にあるように神様から見捨てられるように仕向ければ
終末の時神様が助けに来ないからイスラエルってどうなるんだろう。
現状は意味もないし、終末が来ないなら何の意味もないが
もし終末が来たら
戦術的にはどうにまならないけど
戦略的には
パレスチナってもしかしたら勝ってない?
いざ終末がすぐに来たら方針転換なんていきなりでいないからね。)
この
三つの話の構成は
多分一緒になる
楽園を追放されるってこと
黙示禄の中に
新しいエルサレムとか書いてあると
伏線回収で
なんとなく
そのことは最初から決まっていて
結局追放される話なんじゃないかと・・・
思うわけ
要するに
この三つの話は同じ構成になっている
何故ですかね
何か意図されてるように見えるが
形を変えて同じことを書いているように見える