久しぶりの投稿です。
今お世話になっている方を見ていて、
思うことを一つ。



いつもにこにこしてる人、
いつも明るくて笑わせてくれる人、
そういう人に会うと、
楽しいな、とか、楽しそうだな、とか
いいな、と思います。


でもやっぱり、
いつも笑ってる人は
イコール苦労した人なんだろなぁーと思います。
たくさん辛い思いをされたんだと思います。
そしてそういう人ほど本当に優しい。


本当は強いわけじゃないけど
がんばって笑ってらっしゃるんだろうと思います。
でもそれはムリをしているのとはちがう。
何かからの逃れやごまかしじゃなく、
決意に基づいた姿勢、もはや「生き方」です。


だからこそカッコいいのです。
そういう方に会うと、
潔さや尊さに胸がいっぱいになります。
頭が下がります。


≫alone?(ひとりぐらし?)
好きってなんだろう、
とときどき考えます。

なぜあの人が
こんな自分に飽きもせず
今でもずっとつきあってくれるのか、
純粋にふしぎに思うのです。

でも、自分がなぜその人を好きなのか、
考えてみればわかります。

好きに理由はないのです。


自分がその人を、
「こうだから好き」だとかではなく、
「好きだから好き」なように、
あの人もまた、
自分のことを「好きだから好き」
と思ってくれているのでしょう、たぶん。


そして自分が好きなその人はたぶん、
その人も自分のことを好きでいてくれます。
それは、好きになったら優しくなるし、
好きになったら楽しくなるから。

それが成り立たなくなるのは、
ことに色恋沙汰の場合だけ。


それから、好き、というのは、
ある程度のレベルを越えると
意識して好きとすら思わなくなりますね。
好きとか嫌いとかそういう問題でなく
一緒にいるのが当然、になる。

自分のスケジュールに
その人との時間を組み込むのが当たり前になって、
しまいにはけんかしようが何しようが
離れようって発想も一切浮かばなくなる。

恋人とその段階までいったら、
「家族」になるのでしょうね。

親に腹が立っても、
籍を抜くだなんてつゆも思わないように。

ご訪問ありがとうございます。

前記事

「悲しみは」

「ネガティブだっていいじゃない」  の続きです。



このブログでは、

がんばれ!とか夢!とか

わりあい前向きな内容を書いているので、

「ネガティブでいいじゃない」なんて

矛盾してるように思われるかもしれません。



でも自分はこうした深く沈みこんだり

もがいたり悩んだり

こわがったりためらったり…といった、

一見すると「弱い」と×をつけられそうな

”揺らぎ”を、肯定しています。



やめようと思おうが否定しようが

そこにあるものなのですから。

むしろときに価値や意味もあるものです。

『おそれなくして夢はない』とも言うくらいですから。




一度底を見て這い上がった人間にしか、

経験した人間にしかわからない部分は

あると思います。

その過程で無理解の悲しさと

人の温かみを知ることができます。




だから、今すごく辛い人。

自分が弱いと思う人。

弱い自分が嫌な人。

貴方には、辛い人の気持ちをわかる力があります。

苦しいから、苦しかったから、

その人の気持ちを理解し、力になることができます。

それは貴方にしかできないことです。




…大した苦労もせずに

のうのうと好き勝手をやらせてもらった身で

こんな大それたことを書くのは

なんともお恥ずかしいですが。



でも、のたうちまわって毎日毎日

「なんかくるし」かった

あの頃のろくでもない自分さんに、

今は感謝しています。

よく耐えて、生き抜いてくれたな、

貴方のおかげでわかることもありますと。




そして、自分の苦しみが他人には伝わらないこともある

ということは

自分も他人の苦しみを汲みきれていないことがある

ということ。

絶対にあると思います。

このことを忘れてはいけないなーと

いつも肝に銘じています。


≫子供(Love)