検査室から帰る嫁と私の二人。
談話室で子供と遊び待つ母。
「やはり上手くいかなかった」
手をとめて子供を制止しながら、話を聞く。
上手くいかない時はとことんだ。運が悪い時は何をしたって駄目だ。
自分で出来る努力をどう探せばいい。
母は他の病院に転院することも考えようという。

ただ私には分からない。
それが正しいのか。この病院から逃げ出すのが正しいのか、分からない。
責任を持って最後まで診てほしい。

今の精神状態では子供と問答しているだけでしんどくなっていく。
母に連れられ二人で早く帰ることになった。帰り際寂しそうに「パパは?」と聞く。
「パパはまだここにいるよ、もう少しだけ。ごめんな」
「明日帰ってくるー?」
「明日はまだ無理かも、でもろろがいる場所がパパの居場所だからね」

二人の背中をエレベーターホールで見送る。
いつ戻れるだろう。段々とここでの生活が続くと思い出せなくなる、家での生活が。
病院生活が全てに思えてくる。


その日、再度主治医が病室に現れて麻酔科の先生がいける日を聞いて、金属の管を刺して膿を抜けるように話をしますとのことだった。
あと他に良い手段があるかチームでも再度検討するという。

今は期待出来ない。

その日の夜は長かった。寝れない。
睡眠薬が全く効かなかった。時間管理で落とす経腸チューブの機械音をずっと聞きながら過ごした。また昨日手術を終えたばかりの人の酸素マスクの音もシューーと聞こえている。
より1日が早く終われ。明日も明後日も早く終われ。心から望む。


18日目の朝。

何の管も体から抜けない。首からの点滴も抜けない。新しく金属の管が仲間入りするとなると、どう体からぶら下げるのだろう。一気に膿を抜いたら終わりなのだろうか?

朝から熱は高い。血糖値、血圧は問題なし。
今日は体に入っている管の衛生状態が悪くないかをチェックされた。
首から入れている点滴の固定で貼ったテープがよくなかったらしい。貼り続けていたために汚れてしまっていた。また周りの皮膚もカサカサとしている。
看護師に指摘が入り、新しいテープに交換となった。特に何か変わるわけではなく、膿瘍だけが気になる。

まだ何の処置もしていない。一応膿瘍の近くまでチューブを配置したから、膿は少しずつは出ている。しっかりと膿瘍の中心に入らなかった。
この状態で置いていても駄目なのかを主治医に訊いたが、よくないらしい。

その情報を家族にラインで送る。
特に意味のない情報だ。未だにベッドで腹の痛みを抱えながら苦しんでいる姿は無様だ。
荒んだ心は他人にも牙をむく。少し鳴るだけの携帯の音や、話し声、テレビの音など一つ一つが気に入らない。
心の余裕は皆無だ。

何度も深呼吸を繰り返す。その度に腹部が痛い。でもまた深呼吸をする。

その日の夜は少しだけ寝ることが出来た。

再手術から19日目の朝

朝の回診でまた透視検査が言い渡される。
心の中で軽く舌打ちをしてしまう。
またかよ。また腹の中をいじくって何の意味がある。

しかしこの透視検査で少し希望が見えることになった。



-----------------------------------------------------------------------
手術の始まりはこちら→手術のリスク