今さら肝臓を貫通するなど、ありえない。
創感染、縫合不全、今回は膿瘍と短期間で続き、医師への信頼が揺らぎ続け、もはや心の防波堤は決壊している。
再手術を受けてから散々だ。
まるでこの世の不幸を全て背負ったような顔で、説明を聞いた部屋から出ていく。

もう治らない。
どうして!どうして!どうして!!!
こうも上手くいかない。呪われているのか。
なぜこんな罰を受ける。あんまりじゃないか。
ただただ普通の生活がしたい。ご飯も食べたい。水も飲みたい。風呂だって入りたい。
ただ家族と家に帰りたい。
もうこんなとこにいたくない。

これ以上何があるのか、前もって知っておきたい。
見てもいいことはないのに、スマートフォンで膿瘍と打ちこみ調べたサイトを片っ端から見始める。書いていることは敗血症だの、手術だの、壊死だの恐ろしいことばかり。

これ以上最悪を知っておきたい。とことん薄い確率を引いていくなら、もう何があってもおかしくない。
だから肝臓を貫通することも決まったことだ。
最初からドレナージできるなんて、微塵も期待しない。それを家族に伝えてしまう。
今までの状況で妻も母ももう何が起こってもおかしくないと思ってしまったのだろう。
本人に何の言葉をかけても意味がない。
そんな顔を見ているだけで、イライラとした気持ちが湧く。

八つ当たりだ。誰のせいでもない。
そうしたって状況が変わるわけじゃない。ただ治るっていってほしい。それだけなんだ。



次の日、再手術から17日目の朝。

また朝から熱は高い。38を超えたり、越えなかったり。試しに右と左脇の両方で計ってみる。
左右で最大1度も体温が違う。右で37.3なら、左で38.3度のように。もう体温もバグったんだ。

幸い創感染はよくなってきている。
膿が出ていた手術の開腹した傷口はまだ触るだけで血が滲み出るが、ふさがり以前のような痛みはない。

しかし腹の中にある縫合不全はどうだ。もう自分で目視することも出来ない。膿瘍だってそうだ。

その日も1日がより早く終わり、体がよくなることだけを祈る。
また透視検査だ。管の入れ替えが失敗したら、また一歩悪い方向に行く。体内の膿瘍部分に管が入ることを期待する。ここまで来ても報われると信じる。

向かう足取りは重い。
点滴だけで栄養を取り続けている足は貧相だ。薄暗く寒い検査室に向かう廊下を歩く。嫁と二人。言葉はない。

検査室の前に着き、名前を呼ばれるのを待つ。
もうここで名前を呼ばれるのは何回目だろう。あと何回この検査を受けるのだろう。

名前が呼ばれ、部屋に招かれる。
ベッドの台に手伝ってもらい横たわると、太股から先の震えが止まらない。
必死で抑えようと足に力を入れるが、余計に震えがひどくなる。

そんな中、主治医が現れた。
ガタガタと足は震えたままだ。怖くて仕方ないのだ。先生も気付いているのだろうが、気付かないフリをする。
局所麻酔が打たれ、管の入れ替えが始まる。

右脇腹から体内に入れていた管を一度抜く。
その状態を目視することは怖くて出来ない。ただなんとなく体の感覚で分かるのだ。抜ける、入れられる、どこを通っているのか。

痛い、気持ち悪い。フラットな台に横たわるだけで手術の傷口も痛む。
先生も必死だ。何度も調整して目的の位置に入れようとしているのだろう。
胸の位置を管が通る度に、ミミズが這うような感覚と痛み、気持ち悪さが走る。



我慢し続け、より良い終わりを待つ。
約50分ほどして、終わりが近付く。
「もう一度試して終わります」

もう一度試す。
しかし上手くはいかない。

「ごめんね。上手くは目的の位置に入らなかった。一旦これで検査は終わりましょう」

期待していたものにたどり着けなかった落胆は、更に闇を深いものとする。もはや漆黒だ。



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11月になり、一段と寒くなってきました。

手術の始まりはこちら→手術のリスク